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ゼロ年代の50冊

国家の罠 [著]佐藤優/カラマーゾフの兄弟 [著]ドストエフスキー

[掲載]2010年6月13日

■不条理と戦い権力の本質に迫る 【国家の罠】

 知もてロシアは解し得ず

 並の尺では測り得ぬ

 そはおのれの丈を持てばなり

 ロシアはひたぶるに信ずるのみ     

 19世紀ロシアの詩人チュッチェフによる有名な4行詩を、佐藤優氏は「ロシアは知恵や理性ではなく、経験によってもわからない」と解釈した。崩壊前夜のソ連でモスクワの日本大使館に勤務し、共産党幹部に深く食い込んでいた。腕利きの分析官にしてからが、「ロシアの闇」は分からない、という。それはまた、「国家の闇」に通じるものでもあったろうか。

 佐藤氏は、外務省関連機関に対する背任などの罪に問われ逮捕、有罪が確定した。著者によれば、逮捕は「国策捜査=冤罪とは違うが、国家が自己保存の本能に基づき、ターゲットとした人物になんとしても犯罪を見つけだそうとする政治事件」によるもの。512日間にも及ぶ独房生活での思索から生まれたのが『国家の罠』だ。

 読者からは〈勾留(こうりゅう)が500日を超えて、その間の担当検事との会話を忠実に再現できるとは、強靱(きょうじん)な精神力はもちろんだが、歴史に対する謙虚さがある〉(埼玉県の藤村敏さん・59)、〈形容詞の少ない行政文書のような筆致は、読者にこびないという点で新鮮〉(京都府の森原康仁さん・30)といった手紙が寄せられた。

 逮捕された当時、佐藤氏はテレビ、新聞を始めとして、世間の強烈なバッシングの下にあった。〈佐藤氏は同志社大神学部の先輩〉だという石川県・小坂直樹さん(44)はこう書いてきた。〈逮捕直後に、同窓生らが設立した支援会への援助の手紙をわたしは黙殺した。マスコミ、司法、社会の不条理と戦う文学の力を見せつけてくれた作品。そしてわたしにとっては、生涯消えぬ後悔を心に刻むことになった本〉

 50冊を選定した識者アンケートでも、山口二郎・北海道大学教授は「検察=正義という常識を変えた、権力の本質に迫る本」と高く評価していた。

■視界開けた、古典は新しい 【カラマーゾフの兄弟】

 「知もて解し得」ないロシアの不可知と、生涯をかけて格闘してきた研究者が出したドストエフスキーの新訳が、爆発的なヒットとなって「文学界の事件」となった。亀山郁夫氏の訳したドストエフスキー最後の大長編にして最高傑作『カラマーゾフの兄弟』は、読みやすくなった訳文で読者を獲得。編集部にも、幅広い年齢層から多くの感想が寄せられた。

 〈カラマーゾフの兄弟、読めた!〉と興奮気味に書いてきたのは、東京都の森由美子さん(66)。〈どんどん読めた。待ち時間やバスの中の読書だから「お客さん! 終点、降りてください!」と運転手のいらついた声に驚いたこともあった〉。また千葉県の須田健太さん(18)は〈再読させる強い魅力がある。特に「大審問官」へ至るイワンとアリョーシャの対話が圧巻〉と書いた。

 50冊アンケートでも「新訳で読みやすくなり、視界がさあっと開けた」(作家の高山文彦さん)、「古典は永遠で、21世紀でも“新しい”ことを教えてくれた」(東京芸大准教授の布施英利さん)と、訳業をたたえる声が集まった。

 飛躍的に分かりやすくなった同書には、しかし「誤訳」という批判もつきまとう。読者からの感想にも〈文学作品の翻訳は日本語として条理の立った読みやすいものであると同時に、緻密(ちみつ)なものでなければならない〉(京都府の萩原俊治さん・62)といった厳しい指摘があった。

 指摘の正否はおくとして、以下のような感想は、本と文化にたずさわるだれにとっても、重いのではないか。〈重厚で難解な印象のロシア文学が、驚くほど明快だった。初めて手にした巨匠の本。これ以後、私は今まで見向きもしなかった本に挑戦しているところだ〉(千葉県の石橋香織さん・39)(近藤康太郎)

    ◇

 「ゼロ年代の50冊」とは?

 本の目利き151人が選んだ50冊のリストもご覧になれます。

◆ 次回は吉田修一『悪人』、橋本健二『「格差」の戦後史』
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『〈帝国〉』(以文社)、『帝国以後』(藤原書店)も募集中。

表紙画像

カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)

著者:ドストエフスキー

出版社:光文社   価格:¥ 760

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