
[掲載]2010年6月20日
■階級社会の構図を検証【「格差」の戦後史】
〈貧困〉や〈格差〉が社会的問題としてクローズアップされたゼロ年代だが、それまでの日本はどうだったのか。『「格差」の戦後史』は社会政策によって格差がどう拡大したり、縮小したりしたかをデータから検証する。時代を象徴するニュースや漫画「サザエさん」、太宰治「斜陽」、映画「キューポラのある街」、渡辺和博・神足裕司「金魂巻」などに描かれた文化や風俗を参照しながら、時代のにおいも立ち上らせる。
本書によると、50年代は戦後の貧しさでいったん縮小した格差が経済復興に伴って拡大するが、続く60年代は高度経済成長とともに縮小に転じ、70年代にはいわゆる「一億総中流」の時代が始まる。80年代の格差は全体に小さかったが、バブル時代が幕を開け、90年代は格差拡大の時代に突入……。
そして非正規雇用が増大したゼロ年代は、極端な低賃金で働き、家族形成と次世代再生産が困難な「アンダークラス」が出現した。その数800万人。
日雇いで働く茨城県の加藤匡通さん(41)は本書を読み〈目から鱗(うろこ)が落ちた〉という。〈自分たちの姿に具体的な枠組みが与えられた。ではどうすべきなのかという問いが僕の前にある〉
著者は本書の副題を「階級社会 日本の履歴書」とつけた。終章では読者にこう問いかける。〈格差について語ることは、政治について語ること〉〈制度や政策が、どのように格差に影響するのか、そして、われわれはどのような制度や政策を選択すべきなのか〉
50冊を選定した識者アンケートでは〈戦後の格差が1980年代から生じていたことをきちんと指摘したことで、根拠のない格差議論に終止符を打った〉(早稲田大の石原千秋教授)、〈格差本のなかで理論と実証性を備えた極めつきの書〉(お茶の水女子大の耳塚寛明教授)と評された。
■誰にも相手にされない若者の孤独【悪人】
貧困や格差への言及が増え始めたのはゼロ年代半ばだ。ちょうどそのころ、06年春から、朝日新聞で小説「悪人」の連載が始まった。千葉県のなまくらさん(51)は〈新聞の連載小説にあれほど焦がれたことはなかった〉という。
福岡市の保険外交員の20代の女性が殺される事件を機に、加害者と被害者、さらにその家族や友人たちの静かな暮らしに波紋が広がる。土木作業員の祐一は、無口で恋愛に不慣れだが、出会い系サイトで知り合った光代に心を開き、犯した罪を明かし、二人で逃げる。祐一はこう言う。
〈自分の言葉が、世界中の誰からも信用されんような気がしたんです〉
誰にも相手にされないという孤独感。〈祐一は普通の人。我々も同じことをしてしまう可能性はある〉と埼玉県の土岐直久さん(60)。千葉県の金田敏江さん(87)も〈あの子は弱い人間だけど悪い人間ではない〉と孫のようにかばう。
お金持ちとの結婚にあこがれる短大卒の女の子、外車を乗り回す裕福な大学生、日雇いに近い土木作業員……。格差社会を必死に生きる登場人物たちの姿は、そのまま現実の社会と重なる。他者とかかわりを持つことの難しさ、だからこそ他者とわかりあえた時の奇跡的な幸福感が、疲弊した地方を舞台に描かれる。
読後、多くの読者はこう思う。この物語の中に「悪人」はいたのか。
〈みんな悪人にも善人にも見えてしまう。みんな必死にもがいている気がした〉(大阪府・北澤礼子さん・23)、〈弱さは誰にでもある。大なり小なりだれでも悪人だと思う〉(東京都・斎藤千秋さん・52)
50冊アンケートでは、〈人間を「主体」ではなく関係のなかの「効果」として描くことに成功した、ポストモダン小説の到達点〉(作家の伏見憲明氏)、〈世界文学の水準で村上春樹を超える可能性をもつ若手作家の代表作〉(文芸評論家の田中和生氏)と高く評価された。(加来由子)
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