時計やスマホを持たないで、星や月の動きで時の流れを感じて過ごしてみたい――夏休みとなると、ふとあこがれる。だが、それは夢ではなく、昭和の日本に存在した暮らしだった。漁業や農作業において星は時間や方角、天気を知る大切な目印で、土地ごとに親しみを込めた名前で呼んでいた。
本書は、そうした日本各地に伝わる星の名前(和名)を、自分の足で歩いて聞き取り、40年かけて集めた伝承をまとめた労作だ。先人が調べたものも含め約900種類の名前が収録されている。例えば、りゅうこつ座のカノープス。日本では宮城県以南で9月下旬~3月、南の低い空で見ることができる。この星を、神戸市では明治生まれの漁師が「紀州の蜜柑(みかん)星」と呼んで、こう語った。「紀州の方、和歌山の方、まあ大きい星出まんのや」「紀州の蜜柑星出たら間ないわ。夜明けてくる」
だがこの星、千葉県では「メラボシ」と呼ばれ、漁師の間でしけの兆候とされた。東京都八丈島では、赤い光が酔って赤い顔をした人に似ているせいか「酔いどれ星」と呼ばれた。
「一つ一つの名前に、土地の人の生業、楽しみ、苦しみ、知恵や思いが込められているのが魅力ですね」と語る。
小学生のころから月の観察をする天体好き。大学生の時に旅行した北海道礼文島でイカ釣り漁師に会い「アカボシ」という星を漁のタイミングの目安にしている話を直接聞くなどするうち、まだまだ世に知られていない和名があると興味がわいてきた。その後、プラネタリウムを扱う会社に就職したが、個人的な研究として、こつこつと自費で和名の聞き取り調査を続けてきた。月1回ほど、全国の港町や山村に出かける。節約のため夜行バスを利用することも多かったという。
会社ではプラネタリウムの解説も担当したが、十数年前にがんが見つかったこともあり退職し、治療しつつ本の執筆を急いできた。小学校の音楽の先生だった妻正子さんも、伝承の星の歌を譜面におこして協力してくれた。「こんな豊かな星の名前が忘れられないよう次の世代に引き継ぎたい」と今も旅を続ける。
(文・写真 久田貴志子)=朝日新聞2018年7月28日掲載
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