作家・佐藤大輔が3月22日に52歳で亡くなった。ボードゲームのデザイナーとして活躍していた彼は、1991年に作家デビュー。戦艦大和が史実と異なる活躍をしたことで皮肉にも日本が分断国家となったもうひとつの戦後を描いた架空戦記小説『征途』(徳間文庫・全3巻)をはじめ、近現代、戦国時代、はるか未来から異世界までを舞台に緻密(ちみつ)な考証と独自の諧謔(かいぎゃく)に満ちた数々の戦記小説を生み出した。さらにアニメ化もされた学園ゾンビパニック『学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD』(カドカワコミックス・ドラゴンJr.)でマンガ原作を、また別名義ではライトノベルも手がけていたとされ、多彩な才能を発揮。長編シリーズの多くが未完のまま中断していたり、歯にきぬ着せぬ作風などで毀誉褒貶(きよほうへん)もあったが、その実力は誰しもが認めるところだろう。早すぎる死が本当に残念でならない。
『帝国宇宙軍1—領宙侵犯—』(ハヤカワ文庫JA)は、そんな佐藤の遺作の一冊だ。超光速航法に失敗して漂流した人類が、複数の星間国家を築いた未来。そのひとつ、銀河帝国は隣国と領土問題を抱え、連日にらみあいを続けていた。軍を辞めることばかり考えていた帝国宇宙軍の天城大尉は、不幸な偶然から隣国との「実戦」を経験。そのことで駆逐艦艦長に異例の抜擢(ばってき)をされてしまう。緻密な設定や屈折した登場人物など従来の著者らしさはそのまま。一方、ほかに妙な宗教が流行しても困る、というまったくの実用本位な理由から帝政を採用した銀河帝国の制度や、リーダビリティーあふれる文体など新たな境地も感じさせてくれた。ところが読者の期待をあおるだけあおり、いよいよ物語が大きく動き出すところで、本書には未完の二文字が刻まれてしまう。
本書とともに『エルフと戦車と僕の毎日2』(上下巻・カドカワBOOKS)、『宇宙軍陸戦隊』(中公文庫)と遺作が計4冊も刊行された。新作を待っていたファンも、こんな形での新刊ラッシュなど、望んでいなかったはずだ。本書の、そして数多(あまた)の未完作品のその後を、評者はずっと妄想し続けるだろう。大変な置き土産を残してくれたものである。=朝日新聞2017年5月28日掲載
編集部一押し!
- インタビュー 恩田陸さん「spring」 バレエの魅力、丸ごと言葉で表現 朝日新聞文化部
-
- 朝宮運河のホラーワールド渉猟 黒木あるじさん「春のたましい」インタビュー 祀られなくなった神は“ぐれる”かもしれない 朝宮運河
-
- 杉江松恋「日出る処のニューヒット」 諷刺の名手・柚木麻子が「あいにくあんたのためじゃない」で問うたもの(第13回) 杉江松恋
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。 清繭子
- インタビュー 「親ガチャの哲学」戸谷洋志さんインタビュー 生まれる環境は選べない。では、どう乗り越える? 篠原諄也
- BLことはじめ BL担当書店員が青田買い!「期待のニューカマー2023」 井上將利
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社