フーテンのマハ。最近、そう自称している。
1年の3分の1は家がある長野県の蓼科。3分の1はパリを拠点に、美術作品を見るために欧州各国に赴く。残りの3分の1は、東京と取材や講演のために訪れる日本各地だ。
フーテンが好きなのはインスピレーションを得られるから。「えっというようなことが起こる。不思議な人に出会ったり、おもしろい看板をみつけたり。出合い頭に、おもしろい話を聞くこともある。好奇心と体当たり精神があれば街の空気感をキャッチできるし、旅をすれば何か収穫がある」
『スイート・ホーム』にも、取材に出かけた街の空気感を詰め込んだ。阪神間の山の手の住宅地にある洋菓子店が舞台の連作短編集。パティシエ一家の愛情に満ちた生活、その街に住む人たちとの触れ合いが描かれる。さりげない日常の中にある幸せを、そっとすくい取ったような一作だ。
「人生はつらいことも多い。でも乗り越えて、元気に笑顔でいられるのが一番幸せなこと。この物語では、それをパッケージできた。『おいしいケーキができました、どうぞ召し上がれ』という感じです」
アート小説と呼ばれる作品群『楽園のカンヴァス』『暗幕のゲルニカ』『サロメ』『たゆたえども沈まず』などは張り詰めた弦のような緊張感があるが、今回の作品には日だまりのようなぬくもりがある。
小説家になって、取材先で一人ひとりの人生の物語を聞かせてもらう幸運を得た。「それを文字にする、物語に置き換える書記のような存在が私。読んでくれた方が生きる力を持ってくれたとしたら、それが私が書き続けている証しです。書くという行為が、私にとっても生きる力になっています」
フーテンのマハの話に戻る。実は、書く場所もまちまちだ。「デスクにかじりついて、うなっていても何も出てこない。出先や取材先が私の書斎。電車の中や公園のベンチ、駅の待合室でも書きます。でも、一番集中できるのは、パリと往復する飛行機の中。外に逃げられないから、書くしかない」
(文・西秀治 写真・横関一浩)=朝日新聞2018年04月14日掲載
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