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「時間のないホテル」書評 未来かホラーか、巨大建築の怪

評者: 円城塔 / 朝⽇新聞掲載:2017年04月09日
時間のないホテル (創元海外SF叢書) 著者:ウィル・ワイルズ 出版社:東京創元社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784488014629
発売⽇: 2017/03/18
サイズ: 20cm/389p

時間のないホテル[著]ウィル・ワイルズ

 カンファレンスというのはなかなか日本語にしにくい単語で、会議、研究会、セミナー、見本市など多様なものに使われる。
 一口にカンファレンス・センターといっても、数千人から数万人、場合によっては数十万の人々が集まる場所まで様々である。立地としては、遠距離からのアクセスがよく、周囲にはなにもないという場所が多い。ホテルが隣接することがほとんどであり、期間中は施設内だけですごすことも可能だ。
 居住空間としてではなく、人々を効率的に集めることを目的とする。
 単一の目的のために建てられた巨大建築物を前にすると、驚きや恐怖とともに、バカバカしさを覚えることがまま起こる。それと同時に何か巨大な意思に似たものが感じられたりもするわけなのだが、本書の舞台はこの無機的ではありながら複雑を極めた環境である。
 セキュリティのための通行許可証や顔認証装置、通信手段としての携帯電話や電子メール、過去の会議への参加情報等から構築された個人情報のデータベース。高度情報化、効率化が進む中、人だけがあいも変わらず、酒を飲んで談笑し、愚痴をこぼして重い体をひきずっている。
 主人公の仕事は、こうした会場で開かれるイベントへの参加代行。複数の顧客が興味を持つイベントにまとめて出席し、そのレポートを提出する。
 イベントの内容にはこだわらずひたすら人々を飲みこむ巨大構造物と、イベントの内容にはこだわらずひたすらイベントに参加し続ける主人公にはどこかおぎないあうところがある。
 人のいない建物の中、ふと視線を感じることがある。さて、施設が近代化を進めると、その視線は弱まるだろうか強まるだろうか。
 ここに、未来的なヴィジョンとモダンホラーが奇妙に隣り合う場所が生まれて、J・G・バラードと、スティーブン・キングの名が思い出されることになる。
    ◇
 Will Wiles ロンドン在住の作家。建築・デザイン関連のライターとしても知られる。本作が長編第2作。