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「歯痛の文化史」書評 焼けた鉄、カエル、驚きの治療法

評者: サンキュータツオ / 朝⽇新聞掲載:2017年09月03日
歯痛の文化史 古代エジプトからハリウッドまで (朝日選書) 著者:ジェイムズ・ウィンブラント 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784022630612
発売⽇: 2017/06/09
サイズ: 19cm/346,6p

歯痛の文化史―古代エジプトからハリウッドまで [著]ジェイムズ・ウィンブラント

歯の治療技術がなかった時代って、いったいどうやって人は歯の痛みと付き合ってきたのだろうか。甘いものがなかったから虫歯はなかったのかなあ。いや、砂糖を作る技術ができたときは、歯の治療の技術も進んだのかな。そんな疑問を持っていたところにこの本を手に取った。
 そうしたら、世界史の授業でも保健体育でも教えてくれない、人類の歯の治療の歴史が書いてある。想像をはるかに超える治療方法の数々に驚愕(きょうがく)と爆笑を禁じ得ない。この切り口で歴史を俯瞰(ふかん)する手があったか!
 古くは歯痛の原因は、「歯の悪魔」「歯の虫」「体液」のいずれかが原因と考えられた。したがって宗教、そして呪術とも密接に繋(つな)がっていたし、治療方法も命がけで、歯の問題は現在とちがって一生付き合っていかなければならない問題だったという。世界の各地で、ある場所では酢やリンゴを噛(か)む、それでもダメなら真っ赤に焼けた鉄で患部を焼くとか、別の場所ではヒルによって吸い出したり、ぐらつく歯をおさえるために、顎(あご)にカエルをまるごと1匹くくりつけた。我慢できなければ雷に打たれた樹木の木片を噛みしめ、歯痛の予防には月に2回、ネズミを1匹食べたという。医療事故が多かったのと、原因がわからなかったのとで近代までは医療従事者にも歯の治療は下賤(げせん)なものがするものと思われていた。
 歯抜きは一座でショーとして回るほどだった。痛がらずに歯が抜けるサクラまで用意して観衆を熱狂させた。日本でいえばガマの油売りやバナナの叩(たた)き売り、あるいは講談師といったところか。歯の治療はペテン師のすることだと揶揄(やゆ)されていたのだという。ここまで言われたら立派な芸人だ。寅さんみたい。だからサクラがいるのか。
 本書は古代から現代にいたるまで、可能な限り出典をあたって世界での歯の治療史を横断的に整理する実に刺激的な一冊だ。
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 James Wynbrandt 米国在住のジャーナリスト。遺伝病、ポップ音楽など幅広いテーマを取り上げる。