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「図書館と江戸時代の人びと」書評 知の最先端、将軍も使い倒した

評者: 山室恭子 / 朝⽇新聞掲載:2017年09月10日
図書館と江戸時代の人びと 著者:新藤 透 出版社:柏書房 ジャンル:教育・学習参考書

ISBN: 9784760148776
発売⽇:
サイズ: 20cm/300p

図書館と江戸時代の人びと [著]新藤透

——ようこそ図書館長会議へ。時空を超えてのご参集、ありがとうございます。司会の山室です。大学図書館長をしております。まずは江戸幕府直轄の紅葉山文庫の書物奉行〈もみじ〉殿に伺いましょうか。
 もみじ「当文庫の蔵書は10万冊超、7割ほどを唐土(もろこし)からの輸入本が占め申す」
 ——なるほど、知の最先端ですね。私どもの図書館でも約6割が外国語文献です。難解な漢籍の読者は、やはり学者さんですか?
 もみじ「いやいや、将軍様や老中がたが施政の指針を求めて渉猟(しょうりょう)されるのだ。とりわけ八代将軍吉宗公は当文庫を使い倒した御仁、天然痘の医書を何十冊も借り出すなど、民草の安寧にそれは熱心でござった」
 ——為政者の知恵袋だったんですね。ときに各藩にも藩校に付随して文庫が整備されておりますね。佐倉藩の成徳(せいとく)書院の〈さくら〉教授、いかがでしょう。
 さくら「蔵書数は紅葉山に及びませんが、一冊の書物を暗記するまで精読するのが我らの時代の学びかたですので、四書五経などの基本書を揃(そろ)えておけば、使命は果たせます。昼夜問わず藩校の学生や家中の藩士に公開しておりました」
 ——灯(あか)りの乏しい時代に夜間開館、すごいですね。
 もみじ「そうやって武士層の教養が手あつく育まれてきたのでござるなあ」
 さくら「蘭学(らんがく)書まで収集していたんですよ」
 ——そちらの小山田与清(ともきよ)様は、商人として築いた財を投じて江戸の町で私設図書館を開き、文化活動の拠点とされたとか。
 小山田「はい、国学関係を5万冊ほど買い集めて擁書楼(ようしょろう)を建て、同学の友たちと輪読会も催し、それは楽しゅうございます」
 ——施政の指針、教養の習得、学問の悦楽。それぞれの目的に合わせた図書館なんですね。そうそう、私どもの図書購入費の7割以上は電子ジャーナルなどカタチのない本なんですよ。
 一同「カタチのない本、なんじゃそりゃあ???」
    ◇
 しんどう・とおる 78年生まれ。山形県立米沢女子短期大准教授。図書館情報学、歴史学(日本近世史)専攻。