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伊藤詩織「Black Box―ブラックボックス」書評 性暴力と向き合わない日本社会

評者: 斎藤美奈子 / 朝⽇新聞掲載:2017年11月19日
ブラックボックス 著者:伊藤 詩織 出版社:文藝春秋 ジャンル:エッセイ・自伝・ノンフィクション

ISBN: 9784163907826
発売⽇: 2017/10/18
サイズ: 19cm/255p

Black Box―ブラックボックス [著]伊藤詩織

 日本は性暴力に甘い国といわれる。逆にいうと性暴力の被害者は想像を絶する困難を強いられる。
 本書によれば、著者は2015年4月3日、都内のホテルでレイプされた。相手は首相とも親しい当時のTBSワシントン支局長。就職相談のため外で会い、2軒の店で飲み……。その後の記憶が彼女にはない。タクシーで移動したはずだが、2軒目の途中からぷつりと記憶が途絶え、翌朝、激しい痛みで目を覚ましたときにはベッドの上でのしかかられていた。
 著者が会見を開き、週刊誌などでも報道された事件だから、知っている人も多いだろう。とはいえ、体験を語ること自体がこの本の目的ではない。むしろ性暴力に対する日本社会の著しい無理解と、サポート体制の遅れ(警察も病院も司法もメディアも)を是正したいという思いが書かせた本といえるだろう。
 実際、事件後の彼女を待っていたのは新たな仕打ちだった。モーニングアフターピルを求めて訪れた病院では事務的にあしらわれ、被害者を支援するNPOに電話すると「面接に来てもらわないと情報提供はできない」。悩んだ末に出向いた原宿署ではたらい回しにされ、高輪署の捜査員には「よくある話だし、事件として捜査するのは難しいですよ」といわれた。ここまでで1週間がすぎていた。
 それでも捜査は進み、逮捕寸前まで行くも、逮捕状は結局執行されなかった。捜査員が打ち明けた。「ストップを掛けたのは警視庁のトップです」
 レイプの多くは顔見知りによるものだ。事件に遭遇したとき、どう対処したらいいのか。〈私たちは、誰からもそういう教育を受けてこなかった〉。だがそれは〈どの国でも、どんな組織でも起こり得る。組織は権力を持つ犯罪者を守り、「事実」は歪(ゆが)められる〉。
 だからこそ、知らなきゃならない事実を彼女は書いた。誰のために? あなたとこの国のためにである。
    ◇
 いとう・しおり 89年生まれ。ジャーナリスト。ロイターなど、主に海外メディアで映像ニュースを発信する。