「私の子ども時代を一言で表すとすれば、『孤独と恐怖』です」
医師としてがん研究に打ち込む傍ら、仏政府の虐待防止計画にかかわる。充実した日々の陰には、壮絶な子ども時代があった。
娘を一流のピアニストに育てるため、父の常軌を逸した「しつけ」が始まったのは4歳のとき。部屋に鍵をかけられ、1日7時間の練習を強いられた。間違えると尻を革ベルトで打たれ、丸刈りに。気分次第で食事を抜かれ、深夜、食事に水を加えて混ぜたぐちゃぐちゃの夕飯を食べさせられた。「いつか殺される」と、あらゆることに神経をとぎすませ、心休まるときはなかった。
一流企業の幹部だった父は、外では笑みを絶やさない好人物だった。彼女に出来た唯一の抵抗が、拒食症になることだった。だが体重が30キロ台になっても、母も、教師も見て見ぬふり。高校の保健師が警察に通報するまで、すさまじい虐待がやむことはなかった。
フランスでは1日2人が虐待で命を落とすが、「家庭内のしつけ」とタブー視され、社会的関心は低いという。「犬の虐待の方が関心が高いぐらい。私の例を知ってもらうことで、政府が児童虐待について考えるきっかけにしたかった」。本は10万部を超えるベストセラーとなり、昨年成立した児童保護法案づくりにも携わった。
執行猶予つきの判決を受けた父は虐待の事実を認めず、その後も態度を変えなかった。「父は祖父から暴力を受けて育った。母方の祖父もアルコール依存症だった。執筆しながら、両親の生い立ちと私の身に起きたことの関係性を整理することができました」
両親はいまだ本を読んでいない。だが過去を反芻(はんすう)することは、自分の可能性をないがしろにすることだと気づき、親を恨むのはやめた。最近は、父と電話で話すこともある。心から頼れるパートナーにも出会えた。
それでも国際コンクールで入賞するほどの腕前のピアノを弾くことは、ずっとできなかった。「ピアノが私に安らぎを与えてくれるようになったのは、最近です」
(文・岡崎明子 写真・池永牧子)=朝日新聞2017年10月15日掲載
編集部一押し!
- 新書速報 金融史の視点から社会構造も炙り出す「三井大坂両替店」 田中大喜の新書速報 田中大喜
-
- 朝宮運河のホラーワールド渉猟 彩坂美月さん「double~彼岸荘の殺人~」インタビュー 幽霊屋敷ホラーの新機軸に挑む 朝宮運河
-
- インタビュー 井上荒野さん「照子と瑠衣」インタビュー 世代を超えた痛快シスターフッドは、読む「生きる希望」 PR by 祥伝社
- インタビュー 「エドワード・サイード ある批評家の残響」中井亜佐子さんインタビュー 研究・批評通じパレスチナを発信した生涯 篠原諄也
- BLことはじめ BL担当書店員の気になる一冊【2024年1月〜3月の近刊&新刊より】 井上將利
- 杉江松恋「日出る処のニューヒット」 加速する冤罪ミステリー「兎は薄氷に駆ける」 親子二代にわたる悲劇、貴志祐介の読ませる技巧に驚く(第12回) 杉江松恋
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社