「育児も研究も楽しい」と笑う東京大学教授の池谷(いけがや)裕二さんは、複雑な脳のメカニズムを門外漢にもわかりやすく解き明かす。本書は長女の誕生から4歳の誕生日までを、自身の研究をふまえつつ見守ったユニークな育児記録だ。類書とは異次元の説得力がある。
特に興味深いのは時間や空間を把握し、言葉や数などの理解力を獲得していく幼児の脳の急成長ぶりだ。例えば記憶の蓄積やメンタルローテーションと呼ばれる認知の基礎能力の獲得が想像力や予測力や対処力を育み、他者への気遣いや自制心につながるという。そして幼児の脳の使い方を知ればイヤイヤ期(第一反抗期)、ウソや言い訳などの意義がわかる。
池谷さんは「育児は最初の3〜4年が大切。よく電車などで反抗的な子を感情的に叱るお母さんを見かけますが、反抗も幼児が社会性を獲得していく大事なプロセス」という。「歓迎すべきで、親も忍耐力が試される」とも。
そして個性や才能の開花は遺伝と環境が半々で影響するというが、親はどう子に向き合えばよいのだろう。「才能はやらせてみないとわからないが、大事なのは、どういう世界がその子に向いているかを見極めること。そして無理強いせずに導くこと」と語る。
一方、日本の子育て環境では、自分の頭で考えて行動できる個性的な子どもが育ちにくいのでは。「窮屈な日本の社会は過渡期だと思う。いま求められているのは、どんな世の中が来ても、どんな技術がもたらされても、恐れずに、すばやく適応できる能力です」。だから池谷さんは娘に「お受験」はさせないつもりだという。
「知識を詰め込む早期教育よりも自然の中で様々な経験を重ね、その経験を説明したり書いたりするほうが独創性や適応力の高い人間が育つと思う。私たちはもう一度、育児や教育の原点に戻り、生物としての人間とは何か考える必要があります。また育児に対する周囲の理解が進むだけで世の中が変わる。教育とは結局、子どもが自力で生きていける思考力の発達をサポートすることですから」
(文・依田彰 写真・飯塚悟)=朝日新聞2017年9月24日掲載
編集部一押し!
- 売れてる本 岩尾俊兵「世界は経営でできている」 無限に創造できる人生の価値 稲泉連
-
- インタビュー 鈴木純さんの写真絵本「シロツメクサはともだち」 あなたにはどう見える?身近な植物、五感を使って目を向けてみて 加治佐志津
-
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。 清繭子
- 朝宮運河のホラーワールド渉猟 黒木あるじさん「春のたましい」インタビュー 祀られなくなった神は“ぐれる”かもしれない 朝宮運河
- コラム 三浦しをんさんエッセー集「しんがりで寝ています」 可笑しくも愛しい「日常」伝える 好書好日編集部
- インタビュー 「親ガチャの哲学」戸谷洋志さんインタビュー 生まれる環境は選べない。では、どう乗り越える? 篠原諄也
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社