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「若い読者のための第三のチンパンジー」 「人間とは何か」問う世界観

若い読者のための第三のチンパンジー [著]ジャレド・ダイアモンド [編著]レベッカ・ステフォフ [訳]秋山勝

 ジャレド・ダイアモンドは、『銃・病原菌・鉄』でピュリツァー賞を受賞した進化生物学者である。同書は朝日新聞が実施した「ゼロ年代の50冊」の一位にも選ばれ、話題となった。
 主張は明快だ。人類は五大陸で異なる発展を遂げたが、その不均衡は生物学的な差異でなく環境の差異による。この結論を導くため農業や気候、地形、人口、言葉など多様な角度から検証した。軽快な筆運びに魅せられ一気に読了した記憶がある。
 続く『文明崩壊』では、マヤ文明やイースター島など繁栄を極めながらも忽然(こつぜん)と消えた文明の謎に迫った。環境負荷という現代に通ずる課題に直面させられる警告の書でもあった。
 いずれも上下巻の大冊で尻込みしていた方にお得感たっぷりなのが『若い読者のための第三のチンパンジー』である。第一作『人間はどこまでチンパンジーか?』に考古学の発見など新情報を加えて再編集したもので、著者がのちに展開するテーマのダイジェスト版といえようか。
 チンパンジーとのわずか1.6%のゲノム差に秘められた三つの特質、言葉と農業と技術を切り口とし、人類の自己中心性がいかに環境破壊と種の絶滅を招いて自らを窮地に追い込んだかを学際的な視点で解き明かす。環境保護論者によくある「昔はよかった」式の考え方は古生物学の発見を根拠に否定される。過去5万年に人類が到達した場所では人類出現と同時に種の絶滅が始まっていたのだ。気候変動が原因だとする異論はあるが、ポリネシアの島やマダガスカルで人類が鳥類の絶滅を招いたことは確かである。
 とはいえ著者は人類を糾弾しない。問題を引き起こした我々にこそ失敗に学び、問題を解決する能力があるといい、人口抑制や自然生息地の保護、環境保全の取り組みなどを評価する。「人間とは何か」と問い続けることに希望があるという世界観は多くの共感を呼ぶはずだ。明日から景色が一変するだろう。夏休み最後の読書にどうぞ。
 最相葉月(ノンフィクションライター)
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 草思社文庫・918円=3刷2万5千部 17年6月刊行。都市部の30〜40代の男性を中心に売れている。書店ではベストセラー『サピエンス全史』と並べられていることも。=朝日新聞2017年8月27日掲載