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仮想通貨 反権威のパンク精神が源流

流出した仮想通貨NEM(ネム)を手に入れた人物のスマホ画面

 書店に行くと、ビットコインなどの仮想通貨の解説本を多数目にする。昨年起きた劇的な価格高騰が、一獲千金を望む人々を強く魅了したからだろう。世間を賑(にぎ)わせているこの仮想通貨ブームを、どのように位置づけて解釈すべきだろうか?

儲け主義ブーム

 1600年代のオランダでチューリップの球根に大規模なユーフォリア(熱狂・酔狂)が発生したことがあった。球根と同様に今の仮想通貨には、価値を評価する基準が全く存在しない。
 その点もあって世界の主要中央銀行は仮想通貨にかなり批判的だ。中銀は国家から通貨発行の独占権を得ており、彼らが制御できない仮想通貨とは本質的に対立関係になりやすい。一方で中銀はビットコインとその中核技術であるブロックチェーンを応用した新技術には強い関心を持っている。日銀もそれを用いた決済システムを研究中だ。
 これにも見られるように、仮想通貨を巡る議論はかなり多層的だ。仮想通貨を理解するには、その誕生の時代背景や理念を知る必要があると思われる。伊藤穰一・MITメディアラボ所長らの『教養としてのテクノロジー』は、その点をクリアに解説してくれる。
 インターネットの黎明(れいめい)期に、暗号技術の導入で「国家からの独立」が実現できると夢見たリバタリアン(自由主義者)たちがいた。彼らは「新しいサイバーな国には、新しい通貨が必要だ」と考え、1990年代に最初の仮想通貨の動きが起きる。
 世界の資本主義が危機に陥った2008年に(あたかもそれに呼応するかのように)正体不明の人物サトシ・ナカモトがビットコインを提唱する論文を発表した。国家が管理する銀行を信用せずに、暗号を用いた非中央集権的なこのシステムを使えば、個人間の安全な資金送金が可能になるという主張には、「国家なんか信用するな」とのメッセージが込められていた。
 だが、今のブームには「哲学などまったくなく、ただの儲(もう)け主義に陥っている」と伊藤は嘆いている。彼は新たなムーブメントが今後起きる可能性に目を向けている。

中銀を規律する

 『ブロックチェーン・レボリューション』の著者も、インターネット登場時に、国家、大企業、大メディアが支配する「古くさいヒエラルキーは滅びて」「世界はもっとフラットで、柔軟で、流動的で、実力が評価される場所になる」と夢想した。しかし、実際は国家の管理はより強まり、新興勢力だったはずのハイテク企業は新たな強大な支配者となってしまった。
 それゆえ著者は「ビットコインはいまだ投機的な資産にすぎないけれど」「ブロックチェーン技術は、こうしたネガティブな流れを押し返す新たな波だ」と強い期待を寄せている。
 このように仮想通貨やブロックチェーンのムーブメントは、実は反権威主義的なパンクの精神に牽引(けんいん)されてきた。そのパンク性の源流をたどると、経済学者ハイエクの『貨幣論集』に行き着く。彼は「政府が提供する貨幣を使い続けるほか選択肢がないという状況においては、政府がさらに信頼するに値する存在になるという望みはまったくない」と考えた。
 このため「政府が貨幣を濫用(らんよう)するのを避けるため」に国民は通貨を選べるようにすべきだという。現在の日本政府は、国債大規模購入・マイナス金利政策に甘えて財政再建を先送りしている。また日銀幹部は「日銀が赤字になっても問題はない」と言っており、ハイエクが警告した通貨の堕落が現れ始めている。政府・中銀に規律を働かせるための代替通貨としての仮想通貨は実現可能だろうか?という文脈で、ハイエクを今読み直すことは重要と思われる=朝日新聞2018年4月14日掲載