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福永信が薦める文庫この新刊!

  1. 『娘たちの空返事 他一篇』 モラティン著 佐竹謙一訳 岩波文庫 907円
  2. 『15時17分、パリ行き』 アンソニー・サドラー、アレク・スカラトス、スペンサー・ストーンほか著 田口俊樹、不二淑子訳 ハヤカワ・ノンフィクション文庫 972円
  3. 『バカのものさし』 養老孟司著 扶桑社文庫 702円

 (1)空返事とは心のこもってない応答のこと。親の決めた、高齢の金持ちの男との結婚を目前に娘の心は揺れ動く。「本心」とは裏腹の言葉が口から出る。自分の心を見失う。台詞(せりふ)だけの奇妙な世界だからこそ、様々な解釈を読者の心に宿す。著者は二百数十年前に活躍したスペインの劇作家。併録作「新作喜劇」は演劇界を徹底的に皮肉る傑作。誰か上演してほしいなあ。
 (2)本人達(たち)が自ら演じて話題のイーストウッド監督最新作の原作。3人の米国青年がテロを未然に防いだノンフィクション。列車内でテロリストに直面した時の行動を微細に描写。3人の記憶は一致しないが、それは彼らの心の中身を書いているから。本書の白眉(はくび)。
 (3)子供達の質問に答える問答集。くしゃみをすると脳が出ますか、とか、脳のことを考えて何がわかるんですか、などの難問に予想外の答えが用意される。「心はどこにあるか」の答えが面白い。「運動はどこにあるか」とは問えない、それと同じと著者は言う。心は揺れ動く時、その姿を見せるのだろう。=朝日新聞2018年03月11日掲載