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池上冬樹が薦める文庫この新刊!

  1. 『あるフィルムの背景 ミステリ短篇傑作選』 結城昌治著 日下三蔵編 ちくま文庫 907円
  2. 『淵の王』 舞城王太郎著 新潮文庫 724円
  3. 『ほんとうの花を見せにきた』 桜庭一樹著 文春文庫 756円

 (1)は、吉田健一や丸谷才一などに愛された作家の傑作集。自殺した妻の背景を探る表題作、子供の狂気の深淵(しんえん)「孤独なカラス」、性暴力の被害者の終わりなき苦しみ「惨事」などテーマを強く打ち出した短編の他に、予想外の結末が光る短編が揃(そろ)っている。
 (2)は、三章構成の変則的な二人称小説。三章を貫くのは目には見えない悪の穴で、命の尊さと愛の深さが主題。だが真摯(しんし)さは微塵(みじん)もなく、どこまでも軽い。弛緩(しかん)しているようで細部は緊密で、意外な展開と真相がある。密度の濃い口語文体、確かな語り、劇的な物語の躍動感、エネルギッシュな精神の運動の軌跡。舞城王太郎は現代の石川淳か。
 (3)は、生きることの大切さを訴えるエモーショナルなファンタジー。人間そっくりの吸血鬼族バンブーの物語が三編からなるが、人間との同居を描く「ちいさな焦げた顔」が特にいい。文中の言葉を借りるなら、人を愛する熱に燃えながら朽ちていくことの愛(いと)おしさと悲しさがある。「人間は、火だ」という言葉が切々と響く。=朝日新聞2017年12月03日掲載