1. HOME
  2. コラム
  3. 文庫この新刊!
  4. 福永信が薦める文庫この新刊!

福永信が薦める文庫この新刊!

  1. 『娘になった妻、のぶ代へ』 砂川啓介著 双葉文庫 650円
  2. 『まっぷたつの子爵』 カルヴィーノ著 河島英昭訳 岩波文庫 562円
  3. 『柳宗悦』 柳宗悦著 MUJIBOOKS 540円

 (1)妻の認知症の進行と介護、自身の大病と、死への不安。だが彼の筆致は生き生きと弾み、どこか軽い。途中で本書の写真撮影のエピソードまで語るほど。妻のしゃべった言葉を忘れないんだという著者の気持ちが心に響く。夫婦ゲンカで興奮した妻が「あの声」になって怒っていることを指摘して二人で笑う場面では、読者も一緒に笑っちゃう。(2)戦火で「半分」になった叔父が故郷に戻ってきてからの波乱を、少年の目線で語る。本書の半ば過ぎ、叔父の残りの半分が現れ、さらに混乱を極める。古典の風格を備えた一編だがどこか軽い。著者は生涯を通じて、軽さを文学の大事な要素としてきた。だからこそ子供の読者にも届く声で語ることができる。(3)目の前にある、人の手で作られた日用品への過剰な愛の告白。まるで物が先に存在し、その後から、それを作った人間ができるとでも言いたげな著者の声が収録作から聞こえる。むろん人間への愛あればこそ。「人と物」シリーズの一巻。他に「花森安治」「小津安二郎」と続く。=朝日新聞2017年06月25日掲載