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「水田マリのわだかまり」書評 工場で働くやけくそ16歳の胸中

評者: / 朝⽇新聞掲載:2018年04月14日
水田マリのわだかまり 著者:宮崎 誉子 出版社:新潮社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784103008538
発売⽇: 2018/02/27
サイズ: 20cm/158p

水田マリのわだかまり [著]宮崎誉子

佐多稲子『キャラメル工場から』(1928年)って知ってます? 野澤富美子『煉瓦女工』(1940年)は? どちらも主人公は10代の少女、どちらも作者自身の工場労働体験に取材した小説だった。
 宮崎誉子は彼女たちの末裔(まつえい)じゃないかと私はかねがね思ってきた。戦前のいわゆるプロレタリア文学も含め、工場労働をしっかり書きこんだ小説は必ずしも多くない。だけど宮崎誉子は労働現場にこだわる。6年ぶりの本『水田マリのわだかまり』は、まさに平成のプロレタリア文学だ。
 主人公の「私」こと水田マリは16歳。母は宗教にのめり込んで娘の学資保険を解約し、父は家を出ていった。やけくそモードになったマリは3日で高校を中退、洗剤を扱う工場にパートで通いはじめた。
 洗剤をボトルに充填(じゅうてん)するライン、パウチ(袋)に充填するライン、段ボールをベルトコンベヤーから下ろしてパレットに積む仕事。フィリピーナから派遣ギャルまで、ここには300人の女性が働いている。
 〈まさかマリが工場なんてさぁ、昔の奴隷みてーじゃね?〉と案ずる彼氏には〈どんだけ時代錯誤脳なのよ?〉と答えるが、大丈夫かと問われれば〈大丈夫じゃねーよ。洗剤の原液が持つ破壊力がマジ、鼻の奥まで侵入してくんだもん〉。
 なのになぜ工場?
 彼女はじつは別のわだかまりを抱えていた。中学2年のとき、いじめが原因で同級生が自殺したことが忘れられないのである。
 見て見ぬふりをした罪悪感。それゆえ〈容赦ないスピードで回転するベルトコンベヤーは、甘えが許されず、まるで罰を受けているみたいで安心する〉。
 平成のプロレタリア文学は闇ではなく、薄曇りである。学校も工場も、いじめが横行する一種の階級社会であることをマリは見抜いている。怒りでも苦しみでもない、わだかまり。リアルすぎて恐(こわ)い。これが労働疎外ってやつなんだ。
    ◇
 みやざき・たかこ 72年生まれ。作家。98年「世界の終わり」でデビュー。著書に『少女@ロボット』『派遣ちゃん』。