「蓮霧(れんぶ)」という果物がある。
大きさは大体、少し小さな握りこぶし大から、大きいものでは大人のてのひらくらいまで。標準的なものは形も含めて、たとえるなら電球くらいのものを想像していただくといいだろう。
色合いは、全体に赤っぽいかピンク色のものが多い。日本ではまず見かけないから、この赤ピンク色の電球型フルーツが果たしてどんなものなのか、まったく見当がつかないと思う。
このところ台湾に行くことが多く、私は台湾でこの「蓮霧」に出会ったのだった。最初、電球型フルーツをたてに四つ切りにしたものをすすめられたときには、ちょっとおっかなびっくりというか、大して期待はしていなかった。トロピカルフルーツと聞いて思い描くのとは、あまりにイメージが違ったからだ。台湾には、マンゴーやパパイヤ、パイナップル、パッションフルーツなどなど、色鮮やかで見るからに南国的な果物が豊富にある。それらの中で蓮霧は、果実も白くて香りもなく、あまりに地味に見えた。
「今が美味(おい)しいんです」
それでもしきりにすすめられるから、爪楊枝(つまようじ)を使って、一切れ、口に運んでみた。
「……? 何ですか、これ!」
驚いたのなんのって。リンゴとも梨とも異なる、けれど心地良いほどシャクシャクとした歯ごたえも、溢(あふ)れんばかりに豊かな果汁の、ほんのりと上品な甘みも、ごく薄い皮のまったく抵抗なく嚙(か)めることも、さらに、面倒な種がないことも。
よほど驚いた顔をしたらしい。現地の人はにこにこと笑いながら、これが「蓮霧」という果物だと教えてくれた。発音する人によって「れんむ」とも「れんぶー」とも聞こえるのだが、とにかく、何となく謎めいて重苦しくさえ感じるかも知れないその字面と、軽やかな味の何たる違い。私は立て続けに蓮霧を頰張り、それどころか、べつの機会には、ついに蓮霧栽培農家の取材まで入れてしまった。
「バナナも、美味しいよ」
あるとき、知人の家を訪ねたときに知人の叔父さんが言った。バナナくらい知ってるし、それほど好物でもないと曖昧(あいまい)に笑っていると、叔父さんは庭からバナナを取ってきてくれた。
「これ、バナナ?」
小ぶりで非常に皮の薄いバナナは、私がそれまで知っていたのとはまったく別物、目からウロコが落ちた。
以来、台湾で見かけたりすすめられる果物は必ず食べる。一度だけ、ジャックフルーツをすすめられたときには、あまりに強烈な匂いに、ひと口で逃げてしまったが、蓮霧しかり、マンゴー、バナナしかり、台湾は何といっても果物天国なのである。=朝日新聞2018年03月17日掲載
編集部一押し!
- 著者に会いたい 奈良敏行さん「町の本屋という物語 定有堂書店の43年」インタビュー 「聖地」の息吹はいまも 朝日新聞読書面
-
- インタビュー 鈴木純さんの写真絵本「シロツメクサはともだち」 あなたにはどう見える?身近な植物、五感を使って目を向けてみて 加治佐志津
-
- インタビュー 「尾上右近 華麗なる花道」インタビュー カレーと歌舞伎、懐が深いところが似ている 中村さやか
- 中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」 生きるために、変化を恐れない。迷いが消えた福岡伸一「生物と無生物のあいだ」 中江有里の「開け!野球の扉」 #13 中江有里
- コラム 三浦しをんさんエッセー集「しんがりで寝ています」 可笑しくも愛しい「日常」伝える 好書好日編集部
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。 清繭子
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社