わたしは満で4歳になるかならないころ岩手県一関に疎開した。動物性タンパク質の必要に迫られて親父(おやじ)が空気銃で撃ち落としたスズメ、ハト、ムクドリをよく食べさせられた。そんなわけで大人になってからも野鳥の味が忘れがたくよく賞味した。
野鳥の王様はヤマドリである。これは散弾銃で撃ち落とすのだが、ヤマドリはジェット機のごとく速いので腕のいい猟師でないと命中出来ない。その点キジは地面をヨチヨチ歩いているので簡単だそうだが、頭がよく保護地域に隠れてしまうので、これまた難しい。
料理方法はヤマドリもキジもわさびをつけて刺身で食べるのがいちばん美味である。魚でいうとシビマグロの味を彷彿(ほうふつ)とさせる。もちろんシビマグロなんて足下にも及ばない滋味である。身が白っぽいのだがなんともいえないコクがある。
とくにヤマドリは出色だ。わたしはいままで野鴨(のがも)の青首は千羽食したが、ヤマドリはさすがのわたしでさえ、40羽ぐらいしか食べたことがない。貴重な珍味なのである。
柿本人麻呂が謡(うた)っているように「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む」のヤマドリである。ヤマドリはオシドリとちがい、夜は山の左右に別れて1羽ずつ別々に寝る習性がある。それに引っかけて人麻呂が恋情の切なさを謡っているのではないか。人麻呂の恋人はもしかすると人妻だったかもしれない。
いまヤマドリはお金を出してもなかなか手に入らない貴重な食べ物になってしまった。わたしは一関の2人の猟師にお願いして年に2羽か3羽送ってもらっている。でも猟師たちは現金を受け取らないので、東京の美味(おい)しいスウィーツをお礼に贈っている。
ヤマドリは雪が深山に霏々(ひひ)降らないと姿を現さない。しかも山の谷間に生息している。猟師の気配を感じるとヤマドリは高速で飛び立つ。それを背撃(せう)ちするのだ。
ヤマドリもキジも雄だけが狩猟出来る。子孫繁栄のため雌は捕ってはいけないのだ。期間は11月15日から1月15日までである(岩手県の場合)。今季はどうかなといまから愉(たの)しみにしている。捕ったという連絡が入ると、わたしは例のヒグマの「コントワール ミサゴ」に送ってもらっている。一度家に送ってもらったが女房が悲鳴を上げてしまったからだ。
土切シェフが丁寧に毛をむしってわたしが食べるときにはカウンターにヤマドリの見事な尾っぽを飾ってくれている。どうしても食べたいあなた、もしわたしがヤマドリを食べていたら声をかけてください。3切ぐらいは分けてあげましょう。=朝日新聞2017年12月16日掲載
編集部一押し!
- 著者に会いたい 奈良敏行さん「町の本屋という物語 定有堂書店の43年」インタビュー 「聖地」の息吹はいまも 朝日新聞読書面
-
- インタビュー 鈴木純さんの写真絵本「シロツメクサはともだち」 あなたにはどう見える?身近な植物、五感を使って目を向けてみて 加治佐志津
-
- インタビュー 「尾上右近 華麗なる花道」インタビュー カレーと歌舞伎、懐が深いところが似ている 中村さやか
- 中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」 生きるために、変化を恐れない。迷いが消えた福岡伸一「生物と無生物のあいだ」 中江有里の「開け!野球の扉」 #13 中江有里
- コラム 三浦しをんさんエッセー集「しんがりで寝ています」 可笑しくも愛しい「日常」伝える 好書好日編集部
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。 清繭子
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社