劇団「五反田団」を主宰する前田司郎の作品には人々の切実さとちょっと抜けた笑いが混じり合っている。『異常探偵 宇宙船』(中央公論新社、1944円)は、不思議な事件専門の探偵・宇宙船が、役立たずの美しい助手や鳩(はと)を狩る野生児らを率い、秘密の趣味を持つ女性の死を追う小説だ。
「思い浮かべてみたまえ」と読者諸君に呼びかけ、少年探偵団や怪人が登場。思いっきり江戸川乱歩だが、実は少年は青年だし怪人は変人(変態)というずらしが前田流。大仰な文体と浮世離れした設定の調和は、登場人物たちの奇抜さや滑稽さの裏にある彼らなりの必然があらわになるにつれ崩れていく。絵空事に見えた殺しや探偵たちの行動も逆に生々しくなる。
しかし、悲しい過去故に宇宙船が作り上げた妄想が現実に押し潰されそうになるとき、文体にふさわしい活劇が展開される。語り手は問う。「我々の正気は狂気なのである。宇宙船の狂気もつまりは正気なのではないだろうか」
私たちだって、妄想混じりの現実を生きている。(滝沢文那)=朝日新聞2018年4月28日掲載
編集部一押し!
- 著者に会いたい 坪田侑也さん「八秒で跳べ」インタビュー 21歳が放つ王道青春小説 朝日新聞読書面
-
- ニュース 本屋大賞に「成瀬は天下を取りにいく」 宮島未奈さん「これからも、成瀬と一緒なら大丈夫」(発表会詳報) 吉野太一郎
-
- 本屋は生きている ヤンヤン(東京) 急な階段の上で受け取る「名も無き誰かが残した言葉」 朴順梨
- インタビュー 北澤平祐さんの絵本「ひげが ながすぎる ねこ」 他と違うこと、大変だけど受け入れた先にいいことも 坂田未希子
- インタビュー 「親ガチャの哲学」戸谷洋志さんインタビュー 生まれる環境は選べない。では、どう乗り越える? 篠原諄也
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。 清繭子
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社