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リチャード・マグワイア「HERE」書評 過去へ未来へ、謎の定点観測

評者: 円城塔 / 朝⽇新聞掲載:2017年01月22日
HERE 著者:リチャード・マグワイア 出版社:国書刊行会 ジャンル:

ISBN: 9784336060730
発売⽇: 2016/11/01
サイズ: 25cm/1冊(ページ付なし)

HERE―ヒア [著]リチャード・マグワイア

 原著で2014年刊行の本書を、もっと早くに知らなかったのは不覚である。一瞬でも早く見ていれば、そのぶん、余計に惑うことなく人生をより楽しめたはずだと思う。
 イラストと呼ぶか漫画と呼ぶか、基本的に見開きは、一枚の絵で構成される。ただ一枚の絵ではなく、PCの画面などでよく見かける、窓の中に窓が描かれる、ウィンドウシステムのような風景である。
 歴史的なできごとの写った写真を、同位置から見た現在の風景と重ねる作品があるが、ここでのルールも同様である。
 視点は固定されて動かない。定点観測を行う形であるが、その期間が百年、二百年ではなく長い。それぞれの絵の左上角には年号が示されており、それによれば冒頭部は原著の刊行時、2014年。部屋にはソファがぽつんと置かれ、あとは窓と暖炉があるだけである。
 ページをめくると、そこにもまた2014年の室内が広がるが、ソファはなくなり、本棚と段ボールの箱が現れて、窓にはブラインドがかけられている。
 二つの光景のどちらが先の状況なのか他の手がかりはなく、あとは類推するしかない。
 次に現れるのは1957年の部屋の様子。そうしてページをめくっていくごとに、新たな光景が広がり続ける。唐突に四角い窓が切られて、過去や未来の風景が重ね描かれる。時間の順序は一定しない。
 この視点の先へ、最初に人影が現れるのは、1352年。その人物が誰かはわからない。冒頭の部屋のある家が建てられるのは1907年。以来、多くの家族がやってきてはでていって、たくさんの子供が生まれ、たくさんの死が繰り返されることになるのだが、それらは全て、数枚の絵で断片的に示されるだけにとどまる。名前のわかる人物はほとんどおらず、互いの関係などもまずわからない。
 それでも歴史を通じて人は同じようなことを繰り返し、そのこと自体を忘れ続ける。
 と、つい教訓を読みだしたくもなるのだが、とにかくページをめくり続けるだけで圧倒されて、解釈などは二の次となる。年号を手元にひかえて順に追いかけてみるもよし、壁紙とじゅうたんの模様を観察してみるもよし。暖炉の上にかけられている額に注目するという読み方もあり、どの人物とどの人物が同じ人間なのかをチェックするのもやりがいがある。
 無人格的な視点だが、光景の選択と重ね合わせからは背後にいる何者かが想像される。しかしそれはどうも人間とはかけ離れた存在のように思えてくる。人生の見方を変えてしまう種類の稀(まれ)な本。
    ◇
 Richard McGuire 57年米国生まれ。イラストレーター、グラフィック・デザイナー、コミック・ブック・アーティスト、ミュージシャン。本書でアングレーム国際漫画フェスティバル最優秀作品賞。