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「戦争文化と愛国心―非戦を考える」書評 独裁下で自由な表現は可能か

評者: 西崎文子 / 朝⽇新聞掲載:2018年05月26日
戦争文化と愛国心 非戦を考える 著者:海老坂武 出版社:みすず書房 ジャンル:社会・時事・政治・行政

ISBN: 9784622085188
発売⽇: 2018/03/16
サイズ: 20cm/341p

文化戦争 やわらかいプロパガンダがあなたを支配する 著者:ネイトー・トンプソン 出版社:春秋社 ジャンル:マーケティング・広告

ISBN: 9784393333617
発売⽇: 2018/03/23
サイズ: 20cm/291,8p

戦争文化と愛国心―非戦を考える [著]海老坂武/文化戦争―やわらかいプロパガンダがあなたを支配する [著]ネイトー・トンプソン

「プラハの春」挫折後のチェコを舞台とするトム・ストッパードの戯曲『ロックンロール』に、印象的な場面がある。主人公ヤンが、独裁政権が恐れるのは反体制の人間ではなくロックンロールだと言い放つところだ。権力に無関心で独自の世界に生きる異星人。彼らこそが権力を怖がらせるというのである(小田島恒志訳、ハヤカワ演劇文庫)。
 別世界に生きる異星人の恐ろしさ! しかし、果たして文化は独裁者を追いつめる力を持つのだろうか。そもそも独裁下で自由な表現は可能なのだろうか。この2冊は、文化と政治との関係を巡るこの根源的な問いに向き合う。
 『戦争文化と愛国心』は、第2次大戦中は少国民として育ち、戦後は非戦の思想に傾倒した仏文学者による「証言(テスタメント)」である。ここでは個人的な記憶と同時代の思想とが織り合わされて歴史が語られる。清水幾太郎や丸山眞男が著した「愛国心」や「ナショナリズム」論は、敗戦後、知識人が国家とは何かという問いと格闘した軌跡を示すし、小田実や鶴見俊輔の非戦や異議申し立ての思想は、著者自らが参加したベトナム反戦運動の中で鍛えられたものであった。
 同時代の思想を吟味する語り口は、共感に満ちている。それは、とりわけ人々の葛藤や屈折を伝える部分に顕著だ。例えば、フランスの哲学者アランや作家ジャン・ジオノは、平和主義ゆえにナチズムとの宥和(ゆうわ)を支持し、友人らから痛烈に批判されるが、著者はその孤独な決断に静かに寄り添う。一人一人の思考過程に徹底的につき合うことで、彼らの良心の声は鮮明に浮かび上がってくる。
 他方、『文化戦争』の舞台、米国では、文化が権力や政治に巻き込まれるのは織り込みずみだ。キュレーターとして活躍する著者によれば、各地で推進される都市の再生計画(ジェントリフィケーション)は、美術館やアーティストを誘致して日常風景を変えていくし、スターバックスやイケアは、アートやブランドの力を使って収益を上げてきた。戦争も例外ではない。イラクやアフガニスタンでの対反乱計画は、文化を操り、現地住民を組織化することで反乱鎮圧を目指したのである。
 確かなのは、文化が人の感情に訴える力を持つことだ。だからこそ、文化は戦争や利潤追求、非戦、社会正義などあらゆる目的に動員される。ただ、動員された文化は異星人たりうるだろうか? 時代と切り結ぶとき、文化独自の領域は侵食されざるをえないだろうか? ちなみに、ヤンも、最後までロックンロールの超越性を信じたわけではない。権力の手がロックンロールに及んだとき、彼もまた、文化を守るために政治に関わる判断を下したのである。
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 えびさか・たけし 34年生まれ。仏文学者。著書に『戦後思想の模索』『サルトル』など▽Nato Thompson 「フィラデルフィア・コンテンポラリー」のアーティスティック・ディレクター。