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瀧本哲史さんの「勉強のススメ」本 未来のために「魔法」を学ぶ

いろんな大学の学生が集まる瀧本さん主宰のサークルが開いた公開の講演会=20日、東京都文京区の東京大学本郷キャンパスで

 想定読者を14歳、中学校2年生においた本を企画して(背後の真の読者はその親でもあるわけだが)、彼らにとって一番の疑問は何であろうかという所からリサーチを始めたところ、「何のために勉強するのか」よくわからないというものであった。
 なるほど、勉強のハウツー本に正解はないのであまた存在するが、いわばwhy(なぜ)に答えたものはほとんどない。
 この問題に対する私の端的な答えは、「学校は魔法の基礎を教えている」というものである。100年以上昔の人から見れば、現代はすでに魔法の国である。鉄の塊が空を飛んだり、高速で地上を走り回ったりしている。人々は手のひらにのっている板を使って、世界中のニュースを知り、世界中の人々とコミュニケーションをしている。そう、現代は、科学技術、そしてそれを発展普及させる法や社会制度によって構築された魔法の国であり、ハリー・ポッターの魔法学校よろしく、現代社会における「魔法」の基礎を学び、「魔法使い」になるためのトレーニングをしているのだ。

「奇跡」を起こす

 とはいっても、学校で学んでいる「魔法」がどのように「奇跡」を起こすのか、ピンとこない人もいるだろう。
 そこで、取り上げたいのが、マイケル・ルイス『マネー・ボール』だ。大リーグの弱小球団オークランド・アスレチックスのGM(ゼネラルマネジャー)が、統計学(そう、あの人気のない科目の筆頭「数学」の親戚だ)を活用して球団再建をする過程を描いたノンフィクションである。
 統計学を利用すると今までの野球とは全く違った野球観が見えてくる。例えば、バントや盗塁はあまりよい戦術ではなく、打率よりも出塁率が高い選手の方が良い。というのも、どんな理由で塁に出ても結果は同じだが、打率が高い選手は年俸が高騰しやすく貧乏球団向きではないのだ。投手についても同様に、勝ち数や防御率ではなく、三振を取り、四球を出さず、本塁打を打たれにくいというデータを重視すべきだという。
 これでアスレチックスはあっという間に強豪チームにのし上がった。今では、こうした統計分析はプロ野球の世界では当たり前だ。
 もうひとつ、今度はいわゆる文系科目の例として、語学を学ぶ意味を語るのに、そして、法制度も現代の「魔法」である例として、ベアテ・シロタ・ゴードン『1945年のクリスマス』を取り上げたい。
 日本国憲法がGHQ(連合国軍総司令部)と日本政府の「合作」であることは、ほぼ通説である。ベアテはロシア語、ドイツ語、フランス語、英語、スペイン語、日本語ができる語学の天才で(両親はキエフ出身、父はユダヤ系のピアニスト。ベアテはウィーンで生まれ、幼少時に欧州を逃れて両親と来日し、ドイツ学校やアメリカンスクールのほか、家庭教師からも語学を学んだ)、GHQスタッフとして働き、各国の憲法を調査した。現在では、彼女が憲法の男女平等条項の成立に大きく貢献したことが分かっている。わずか22歳で立場が弱かった女性職員が、その後の日本社会を大きく変える「一歩」を残したのだ。

日常生活に貢献

 勉強なり、学問なりを、社会の改善、人類の進歩と直結して考える……。現在の科学の考え方の大元になっている帰納法の祖にして、近代合理主義の重要な思想家・実践家でもあるフランシス・ベーコンの『学問の進歩』にその考え方が出されている。ベーコンは宗教(当時は生活の中心だった)、国の統治、普通の日常生活まで、全てに知識や学問が多大の貢献をする、そういうものとして学問を構想した。その延長に現代がある。そう、「知は力なり」なのだ。=朝日新聞2018年5月26日掲載