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「ソール・ライターのすべて」 おしゃれな写真のお手本?

ソール・ライターのすべて [著]ソール・ライター

 世の写真表現は、「大きな写真」と「小さな写真」に大別できそうだ。社会問題や戦争、大自然を正面から捉えた「大きな写真」と身近な事物にまなざしを向けた「小さな写真」。自らが暮らした街ニューヨークをスタイリッシュに撮り続けたソール・ライター(1923〜2013)は、間違いなく後者だ。
 本書の作品群でも、ガラスの反射と透過の効果や、俯瞰(ふかん)、クローズアップといった大胆な構図を生かし、大都市での生活が活写されている。写真史を塗り替えるような存在ではないだろうが、とにかくしゃれている。
 ファッション写真で活躍するも一度世間から姿を消した写真家は、06年の作品集や12年制作のドキュメンタリー映画で再注目されたらしい。でも人気の理由はそれだけではないだろう。
 この本は、昨年東京で多くの人を集め、今は兵庫県・伊丹市立美術館に巡回している回顧展(20日まで)の図録も兼ねている。同館によると、来場者は年齢性別を問わずセンスを感じさせる人が多いという。
 社会問題などの背景がある「大きな写真」と比べて身近な分、感性で味わえるのだろう。物語を知らないと理解しにくい宗教画や歴史画と違い、やはり都市生活を描いた印象派が日本で人気があるのと似ている。
 浮世絵やナビ派に影響されたとされる大胆な構図に加え、カラー写真の「赤」の魅力も見逃せない。全体としては退色気味なのに、傘や口紅、手にした花、信号など点景としての赤が際立ち、見る者を引き寄せる。小津安二郎が晩年のカラー映画作品で、やかんなどの赤で画面を引き締めたこととも重なる。
 回顧展の来場者はカメラ所持率が高く、鑑賞後にガラス越しの撮影に挑む人もいるという。「インスタ映え」なる言葉が流布する時代に、身の回りに美を見いだし、トライすれば撮れそうな、かっこいい写真のお手本になっているのかもしれない。
 きっとそのとき、「赤」も意識されていることだろう。
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 青幻舎・2700円=10刷3万2千部。17年5月刊行。「展覧会場でよく売れる。東京では入場者数に対して購買率が20%を超えた。通常は7%ぐらいなので驚異的だった」と担当者。=朝日新聞2018年5月12日掲載