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「ガラパゴス」書評 労働現場の闇えぐるミステリー

評者: 市田隆 / 朝⽇新聞掲載:2016年04月10日

ガラパゴス(上・下) [著]相場英雄

 日本の労働現場に広がる底知れない闇をのぞき込み、背筋が凍る思いがした社会派ミステリーだった。
 警視庁継続捜査班の刑事田川信一は、団地内の一室で見つかり自殺として処理された若い男性の遺体写真から、他殺だったことを見抜いた。田川は、不明だった男性の身元を割り出し、彼が派遣労働者として在籍していた各地のメーカー工場を訪ね、一歩ずつ事件の真相に迫っていく。やがて、不正を隠蔽(いんぺい)する大がかりな企(たくら)みが殺人の裏にあったことが浮かび上がった。
 この小説が描き出すのは、家電、自動車などの工場で働く派遣など非正規雇用労働者の実態だ。募集時とは異なる低賃金、長時間労働でぎりぎりの生活を強いられた末、企業側の都合で突然雇い止めされる理不尽さ。一緒に働いていた労働者がのたれ死にしても構わないという態度の大企業、人材派遣会社の冷酷さ。読んでいて息が詰まるほどひどい。
 小説上の誇張はないかと思い、雇用労働問題を長年取材している同僚記者に本書を読んでもらった。前に勤めていた経済出版社で彼が書いた著書2冊が、本書で参考文献にあげられていた。彼は読後、「1990年代末から2000年代半ばの使い捨てられた労働者の姿を的確に捉えていると思う。今もその問題はなくなっていない」と話した。
 刑事田川は、著者のベストセラー小説『震える牛』(12年)でも主人公を務め、食肉偽装問題に絡む大手スーパーの暗部を暴いた。両作品に共通するのは、利益追求のためには平然と人を蔑(ないがし)ろにする大企業に向けた著者の怒りだ。
 田川が出張を繰り返し、地道な捜査を進めて事件構図を明らかにしていく過程は、松本清張の名作『砂の器』を思い起こさせる。社会派ミステリーの系譜を受け継いだ力作。ミステリーが謎解きの面白さだけではなく、時代を切り取り活写するのに有効であることを改めて気づかせてくれた。
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 あいば・ひでお 67年生まれ。『デフォルト』でデビュー。『震える牛』『血の轍』『トラップ』など。