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新鋭描く、敗者の生きざま 文芸評論家・末國善己

  • 武内涼『敗れども負けず』(新潮社)
  • 吉川永青『奪うは我なり 朝倉義景』(KADOKAWA)
  • 大塚卓嗣『くるい咲き 越前狂乱』(光文社)

 今、歴史小説の世界では、若手の活躍が目立っている。不況の中で育った世代は、天下を目指して勝ち進んだ偉人には共感できないのか、懸命に生きた弱者や歴史に爪痕を残した敗者を題材にした作品が増えている。今回は、注目の新鋭が敗者を描いた3作を取り上げたので、歴史小説の最前線が分かるだろう。
 武内涼『敗(やぶ)れども負けず』は、板額御前(はんがくごぜん)、足利春王と安王兄弟、上杉憲政、龍造寺隆信ら、鎌倉時代から戦国時代までの敗者に着目した5編を収めた短編集である。現代人は、大きな失敗をした人間が敗者になったと考えてしまいがちだ。しかし本書を読むと、圧政に立ち向かったり、国を安寧に導くために戦ったりしたものの、武運つたなく敗れた武将が少なくなかったことに気付く。いつの時代も勝者は一握りという状況は変わらないだけに、それに抗おうとした敗者たちの生きざまは、胸を熱くしてくれる。
 織田信長に敗れると、愚将とされやすい。今川義元などは、その典型といえる。吉川永青(ながはる)『奪うは我なり 朝倉義景』は、やはり信長に滅ぼされたことで後世に汚名を残す朝倉義景を再評価している。
 義景は、後に将軍になる足利義昭を庇護(ひご)しながら上洛(じょうらく)せず、将軍後見役になるチャンスを逃すなど、判断ミスが多かったとされる。だが、それが失策ではなく、信長を罠(わな)にはめる策略だったとしたら。
 著者は、義景が愚者を装いながら信長を倒す謀略を進めたとして歴史を読み替えていくので、たとえ結果を知っていても衝撃を受けるだろう。
 義景は、独裁者の信長と戦うには、信頼で結ばれた諸国が連合する必要があると考える。ここには、弱者が厳しい現実に挑むためには何が必要かのヒントも隠されている。
 朝倉義景の死で大混乱に陥った越前を舞台にした大塚卓嗣『くるい咲き 越前狂乱』は、朝倉家の家臣ながら、越前を手にするために悪の限りを尽くす富田長繁を主人公にしている。長繁の悪党ぶりは痛快なほどだが、著者は、常識人の小林吉隆を語り手にすることで、長繁の活躍を相対化している。野望のためなら手段を選ばない長繁がつまずく終盤は、勝負に勝つことは人を幸福にするのかを問い掛けており、考えさせられる。=朝日新聞2018年5月13日掲載