彗星(すいせい)のごとく現れて一世を風靡(ふうび)した後、きれいに消える。そんな“一発屋芸人”のイメージが覆される1冊だ。著者は「ルネッサ〜ンス!」とワイングラスを掲げるギャグで知られる髭男爵の一人。10章にわたって、テツandトモや波田陽区ら芸人の知られざる過去と現在を描いた。
世間の評価が筆を走らせた。自分自身も含め、ネットで名前を検索すると「消えた」「死んだ」……。芸人が一番傷つく「おもんない」の言葉もよくみかけては、落ち込んだ。「これは、宿命なのでしょうか。一発屋というレッテルだけで切り捨て去られて、悔しい気持ちだった。本当にそうなのか、世に問いたかった」
小説や自叙伝でなく、取材を元にジャーナリスティックな視点で描かれるところが面白い。お茶の間でよく見かける自虐的な話をされると「違うじゃないですか。もっと良いネタがあるじゃないですか」と迫った。仲の良い芸人同士だからこそ書けることもあったが、緊張感もあったと言う。
その結果、正統派漫才に挑戦するレイザーラモンHGや、芸能界のサラブレッドとして生まれた過去を持つコウメ太夫らが、次々と新しい面を見せる。「話してくれたことよりも面白くなかったらアウト。書き方一つで、スベらせることになる」
文章は、漫才のネタをつくる時と同じようにテンポ感を重視した。「ボケた時のワードの長さや、つっこむ時の乾杯の音の長さなど、実は、すごく、すごーく計算されているんです。自分で言い過ぎると格好が悪いんですけど……」。頭の中で音読して、推敲(すいこう)を重ねた。「発想、ものごとに取り組む姿勢を感じてほしい。『一発屋』という一言で言い表せない人生から、何かすくいとってくれたら」
元は月刊誌での連載で、「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」の作品賞を受賞し、単行本にまとめた。周囲から称賛の言葉をもらい、執筆活動に意欲がわいている。人生をマラソンに例えて言う。「38キロ地点で、もう終わりだと思った。そこに久しぶりの給水所。それも、ポカリ。じわーっと染みています」。全く人生は単純ではない。
(文・宮田裕介 写真・飯塚晋一)=朝日新聞2018年6月2日掲載
編集部一押し!
- ひもとく 五百旗頭真の仕事 品格と責任感を持った政治学者 細谷雄一 細谷雄一
-
- ニュース 本屋大賞に「成瀬は天下を取りにいく」 宮島未奈さん「これからも、成瀬と一緒なら大丈夫」(発表会詳報) 吉野太一郎
-
- 本屋は生きている ヤンヤン(東京) 急な階段の上で受け取る「名も無き誰かが残した言葉」 朴順梨
- インタビュー 「親ガチャの哲学」戸谷洋志さんインタビュー 生まれる環境は選べない。では、どう乗り越える? 篠原諄也
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。 清繭子
- 谷原書店 【谷原店長のオススメ】平井大橋「ダイヤモンドの功罪」 天才の孤独と軋轢、多角的な視点で描く 谷原章介
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社