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暗闇を歩き、たどり着いた希望 星野智幸さん「焔」

 「暗闇の中を歩いてるみたいだった」。執筆の経過を尋ねたとき、ふとそんな言葉をもらした。
 短編集のようにも、ひとつの長編のようにも読める本だ。燃えさかる炎を囲む人たちが、順番に物語を語っては、一人ずつ姿を消していく。
 語られる話の多くは、登場人物が「人間ではない何か」になる物語だ。鳥になった男。お金になった男。地球になった男。「人間ってどうしようもない動物だなっていう感覚がすごく強くて。だったらもう、自分は人間じゃないものになりたい。そんな気持ちに侵された状態で書いていました」
 東日本大震災以降に強く感じるようになった社会の息苦しさのようなものが、背景にあるという。「誰かを憎んだり怒りをぶつけたりして、生きるエネルギーをかきたてる。そんな傾向が、どんどん強くなっていると思うんです」
 最悪の状況を描くことで最悪を避けようとするような、批判と警告に満ちた小説を、これまで多く書いてきた。寂れた商店街に不気味なリーダーが登場する『呪文』(2015年)も、その一つ。
 「でも、そんな小説を書くことにだんだん意味を見いだせなくなってきた。こうなっちゃうぞって書こうとしても、もうこんなになってる。冷やかしてるだけみたいで、あまりにもむなしすぎて」。今作には一転して怒りよりも悲しみ、反抗よりも逃避の気配が色濃く漂って、作家が重ねた苦悩の生々しい記録のようだ。
 炎のそばでいちばん最後に語られるのは、くしくも目下さまざまな問題を抱える相撲界を題材にした、おそらくは近未来の物語。それまでの悲観的な印象が和らいで、文章の端々から前向きな希望がにじみ出す。
 「こういう社会にするべきだと決めつけるんじゃなく、こういう社会も選べるんだっていう選択肢を示す書き方もあるんじゃないかって、今は思えるようになってきた」。本を閉じたあとに、多くの人が実感するだろう。小説家だって迷いながら、私たちと同じ時代を生きているのだと。
 (文・柏崎歓 写真・伊ケ崎忍)=朝日新聞2018年2月11日掲載