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「スタニスワフ・レム コレクション 短篇ベスト10」書評 SFをダシに哲学、今も新鮮

評者: 佐倉統 / 朝⽇新聞掲載:2015年07月05日

スタニスワフ・レム コレクション 短篇ベスト10 [著] スタニスワフ・レム

 スタニスワフ・レムは、いろいろな顔をもつ作家だ。映画化された長編『ソラリス』のように知性とは何かを追求したり、情報と生命はどこが違うのかを真っ向から扱ったり、自我意識の虚構性をあっさりと料理してみせたり、機械化が進んだ星での精神世界のありかたをユーモアたっぷりに描いたり。実に多彩。
 この『短篇ベスト10』は、レムの間口の広さと奥行きの深さをカバーしていて、レム入門にも、改めてレムを見直すにもとても便利な一冊だ。原書は読者による人気投票をもとに、批評家と著者自身によるチョイスも加えて編まれたものという。
 いわゆるSFではあるけれど、どの作品も科学技術の細部が前面に出てくるタイプではない。科学技術がとことん進歩したら人間や世界はどうなってしまうのか、想像力と博覧強記をフル回転させて全体のパターンを哲学的に描くのが彼のスタイルだ。科学技術をダシにして哲学する、とでも言えようか。レムの哲学好きは筋金入りで、彼自身、ウィーン学団の論理実証主義から大きな影響を受けたと述懐している。
 この作戦がうまくはまると、時代を超越した思考が生き生きと羽ばたき出す(一方で作品世界のリアリティーは損なわれるが、これはいたしかたあるまい)。レムの哲学的関心については大学1年生向けなどと揶揄(やゆ)されることもあるが、むしろその本質を突いた単純さゆえに、新鮮さを失わないのではないか。
 本書収録の作品は60年代に書かれたものが多いが、詩を作る人工知能が引き起こす悲喜劇や、人間と機械の融合が進んで宗教の意味が一変してしまった社会の描写など、コンピューターが人間の能力を凌駕(りょうが)しつつある今こそ論じられるべき問題だと思う。
 原作は難解とされるポーランド語。見事な日本語に翻訳した訳者たちの力量と苦労には、心から賛辞を呈したい。
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 沼野充義、関口時正、久山宏一、芝田文乃訳、国書刊行会・2592円/Stanislaw Lem 1921〜06年。作家。