パソコン教室の講師をしている「ぼく」は、生徒である蕎麦(そば)屋の源造さんから相談を受ける。孫の運営する店のブログが、蕎麦アレルギーで倒れた友人を笑いものにしてしまったことで、「殺人蕎麦屋」とアクセスが集中し、リアルにも危機が及ぶ大炎上に陥っていたのだ。困り果てた「ぼく」が頼ったのが、インターネット相談所「さらまんどら」。火を食う竜の名前を冠したそこには、文字通りネット炎上事件の解決を生業とする請負人がいた。
インターネット上の失言や不祥事が原因で批判が殺到する「炎上」。時に企業の株価を揺るがし、人の人生を大きく変えてしまうそれは、マスメディアでも注釈なしで使われるようになってきている。『火の中の竜 ネットコンサルタント「さらまんどら」の炎上事件簿』は、「THANATOS」シリーズなどで知られるミステリー作家・汀(みぎわ)こるものによる、ネット炎上をテーマにした作品だ。「ぼく」を語り部とし、さらまんどら所長のエキセントリックな車椅子の男・オメガが炎上と戦う……というより喜々として首を突っ込んでいく様を連作短編形式で描く。
なんといっても強烈なのが、所長オメガのキャラクター。ネットで炎上をあおる人を「選(え)りすぐりの下衆(げす)と卑怯者(ひきょうもの)」と切り捨て、さらまんどらの仲間たちとともに数々のトラブルを強引に解決していく。30を超えるサブアカウントで世論を操作し、匿名投稿者の正体を暴き、必要なら官憲を利用することもいとわない、何でもありな手口は、思わず笑ってしまうほど。
一方で対象となる事件はどれも現実的なものばかりだ。ほんの不注意が大騒動につながり、あるいは、ささいなトラブルの裏に思わぬ悪意が潜む……現在のインターネットを、そのおそろしさとどうしようもなさまで含め、見事に切り取った作品だ。万が一の炎上に備え、いや、間違っても炎上など起こさないよう、一読をおすすめしたい。
モチーフになりそうな炎上事件は、まだまだたくさんありそうだし、そして残念なことにこれからもどんどん増えていくだろう。ここはぜひ、シリーズ化して、さらまんどらの面々のさらなる戦いを見せてほしい。=朝日新聞2018年5月26日掲載
編集部一押し!
- インタビュー 恩田陸さん「spring」 バレエの魅力、丸ごと言葉で表現 朝日新聞文化部
-
- ニュース 本屋大賞に「成瀬は天下を取りにいく」 宮島未奈さん「これからも、成瀬と一緒なら大丈夫」(発表会詳報) 吉野太一郎
-
- インタビュー 北澤平祐さんの絵本「ひげが ながすぎる ねこ」 他と違うこと、大変だけど受け入れた先にいいことも 坂田未希子
- インタビュー 「親ガチャの哲学」戸谷洋志さんインタビュー 生まれる環境は選べない。では、どう乗り越える? 篠原諄也
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。 清繭子
- BLことはじめ BL担当書店員が青田買い!「期待のニューカマー2023」 井上將利
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社