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迷うことから、思考が開ける

言葉の魂の哲学 (講談社選書メチエ) 著者:古田徹也 出版社:講談社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

価格:1836円
ISBN: 9784062586764
発売⽇: 2018/04/10
サイズ: 19cm/249p

「ゲシュタルト崩壊」を扱った中島敦とホーフマンスタールの小説から、ウィトゲンシュタインの言語論、カール・クラウスの言語論までを検証。「生きた言葉」「魂ある言葉」を考える、…

評者:野矢茂樹 / 朝⽇新聞掲載:2018年06月09日

言葉の魂の哲学 [著]吉田徹也

  言語が思考を開く。しかし言語はまた思考を閉ざしもする。条件反射的にありがちな言葉でそれっぽいことを口にするとき、ひとは何も考えていない。思考を開くためには、言葉は生き生きとしたものでなければならない。ならば、言葉はどのようにしてその生命力=魂を宿すのか。
 迷うことによる。この言葉でいいのか。もっとぴったりした言葉はないだろうか。迷うことで、言葉が自らのものとなり、自分自身の思考が開ける。
 では、言葉に迷うとはどういうことなのか。古田さんはより深く、哲学的な問いに踏み込んでいく。
 例えば「やさしい」という語はさまざまな意味で使われる。「親切」「温厚」「上品」「繊細」……、どれも「やさしい」の意味そのものではないが、そのどれもが「やさしい」のある側面を示唆している。「やさしい」とは、そうした多くの側面をもつ意味の多面体のようなものなのだ。
 多面体として意味を捉えることを、古田さんは「言葉の立体的理解」と呼ぶ。言葉が一面的・一義的に捉えられるのではなく、多面的・立体的に捉えられているからこそ、この場面でこの言葉は適切なのだろうかと迷うのである。こうして古田さんは、言葉の立体的理解というアイデアを核にして「言葉の魂」という問題に切り込んでいく。
 私は本書を、ウィトゲンシュタインの議論ーーそれも従来ほとんど論じられてこなかった議論??を踏まえながら言語哲学の新しい問題領域を開いたものとして、高く評価したい。しかも、ウィトゲンシュタインより先に進んでいる。
 さらに、世紀末ウィーンの批評家カール・クラウスの言語論と言語批判を取り上げていることも、本書の魅力の一つである。クラウスが現代の社会を見たら何と言うだろう。常套句のコピー・アンド・ペーストによって、私たちの言葉は瀕死の状態に追いやられてはいないだろうか。
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 ふるた・てつや 1979年生まれ。専修大准教授。専門は哲学・倫理学。著書に『それは私がしたことなのか』。