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「知ってるつもり」書評 天才1人だけでは何もできない

評者: 長谷川眞理子 / 朝⽇新聞掲載:2018年06月09日
知ってるつもり 無知の科学 著者:スティーブン・スローマン 出版社:早川書房 ジャンル:コンピュータ・IT・情報科学

ISBN: 9784152097576
発売⽇: 2018/04/04
サイズ: 19cm/310p

「知ってるつもり」 [著]スティーブン スローマン、フィリップ ファーンバック

 「水洗トイレはどういう仕組みか知っていますか」と聞かれたら、知っていると答える人が多い。では説明して、と言われると、ほとんどの人はできない。気候変動についても、保険制度についても、住宅ローンの金利についても。ところが、みんなよく知っていると思い込んでいる。
 世界は複雑であり、私たちが世界を認知するのは行動するためだ。要は、うまく行動できればよいのであり、脳は、そうさせる装置として進化してきた。著者らは認知科学者で、人は世界をどう知り、どう知ったと思っているのか、多くの研究結果に基づいて説明してくれる。ある事柄について情報があり過ぎると、人々は聞きたがらず、必ずしも最適な判断には至らない。「専門家たちが解明した」と聞かされると、それだけで自分自身もわかったような気になる。こんな「知識の錯覚」を示すデータは、大変におもしろい。
 しかし、本書の神髄はこの先だ。なぜこんな錯覚が起こるのかと言えば、世界に対する知識は、コミュニティーの各所に分散しており、みながそれを共有しているからなのだ。誰もが、どこかに専門家がいて、きちんと理解していることを知っている。そしてみな協力して分業・協業しているからこそ、社会はうまくいっているのだ。そして、みんな「自分が知ってるつもり」になっている。
 誰も一人ではよくわからない。誰も、自分だけで判断してはいない。人間の知は、みんなが互いに協力し合ってなされる集合知なのである。孤高の天才が一人だけでできることなど、ほとんどない。
 そうすると、教育も、個人の理解力を上げるばかりでなく、自分は何を知らないかを知り、どこに知識があるかを探る方法を知り、知識のある人たちと協力するすべを知ることに重点を置くべしとなる。認知のゆがみだけでなく、知識の構造について、新たな目を開かせてくれる好著である。
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 Steven Sloman ブラウン大教授▽Philip Fernbach コロラド大教授。共に認知科学者。