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4回以上騙される!今夏のヒット作「黙過」  著者とカリスマ書店員が語り合う 傑作ミステリーができあがるまで

下村敦史さんと新井見枝香さん/撮影:角田奈穂子

新井:今日の下村さんと私は、お揃いの心臓のブローチをつけています。徳間書店の方が今回のトークイベントのために、作って下さったんですよ。出版社がどれだけ力を入れているかが分かりますし、『黙過』は発売前から、そういう熱っぽさを作品を通しても感じました。

下村:うれしいです。発売前に重版が決まって、今、三刷なんです。これまでの作品の中でも売れ行きのスピードはいいですね。

新井:ただ本が発売されたばかりなので、今日は「ネタバレしちゃいけない」と思うと、本当に難しくて(笑)。発売前、私は初校の原稿を読ませていただいているです。めっちゃ面白かったです。たまたま下村さんに会う機会があったので、そのときにも絶賛したんですけど、本になったら、だいぶ変わってますね。

下村:7割くらい再校の段階で書き直しました。11月の出版を目標に進行していたので、編集担当さんに一度、完成原稿を送っているんですけど、じつは納得できていなかったんですよね。もう少し丁寧に書きたいという思いがあって。そうしたら、編集担当さんも同じように感じたらしく、「発行日を延ばしてでも、しっかり仕上げましょう」と言ってくださったんです。「キター!」という感じでした。『黙過』は、制作中はもちろん、発売後も徳間書店さんの全社挙げて応援してくれて、本当に幸せな本だと思います。

新井:初校と発売された本の違いで、すごく印象に残っているのが、お金がない弟が飢えをしのぐシーンです。初校では缶詰1個だったと思うんですけど、本では、デパ地下の試食やパンの耳に変わっていましたよね。そういう修正は、自分で決めるんですか?

下村:そうですね、編集者さんからの指摘で変わっていったところもあります。

新井:「黙過」の素晴らしいところは、ミステリーとしてとてもよくできてるし、面白いんだけど、テーマに対しては明確な答えが見つからないことですよね。命というものについて、とても考えさせられました。

下村:小説で誤解されやすいのが、物語に作者のメッセージが反映されていると思われることです。でも、ミステリーの場合は、アイデアに物語がぴったりはまるかどうかのほうが重要なので、じつは作者は正反対の考えのこともあるんです。「作者の考えには賛同できないけど、すごく面白かった」と言ってくださる読者もいるんですが、主人公が葛藤するための設定として書いていたりするので、僕の意見は違うんだけどなぁ、なんてと思うこともあります。

新井:自分と作品を分けて作り上げられるのが、プロの作家なんでしょうね。設定の面白さや狙いは伝わっているわけだから、下村さんの姿勢は正解だと思います。『黙過』も帯に「あなたは必ず4回騙される」って書いてあるんですけど、私は4回以上、騙されました。すっごい騙されるんですよ!全部で5章あって、最初の4編は章の最後で物語は終わるんだけど、本当は……言えない(笑)。養豚場の場面もとてもリアルなんですが、取材をされたんですか?

下村:取材はしていなくて、全部、資料を調べて書きました。岩手県に牛を育てている友人がいるので、書き上げてからチェックしてもらったんですけど、ほとんどOKがもらえました。

新井:養豚場が舞台になる「命の天秤」の章は、インパクトも強烈ですよね。初校を読んだ後、下村さんに会ったとき、私、「あの豚の!豚の!、がすごい面白かった」って話しかけたくらいです(笑) 養豚を生業にする人と養豚業に反対する人が出てきて、どちらがいいとも悪いとも言えない。すごく考えさせられました。

下村:「命の天秤」も気合を入れて書きましたが、実は次の章の「不正疑惑」は7割くらい初校と内容を変えたんです。他の章はミステリーとして、きちんとしたどんでん返しがあるのに、4章だけは、自殺の真相が分かっただけで終わっていたんです。それが気になっていたので、どんでん返しのアイデアを必死で考えました。すでに再校ゲラまで進んでいたんですけど、徳間書店の編集さんは、このときも「いい作品にするために頑張りましょう」って言ってくださって、ありがたかったですね。再校ゲラで、原稿を一気に直したんです。

新井:下村さんの作品は全部読んでいますが、『黙過』は初校の段階で、「あ、これは来た」って思いました。最後まで読んで、「あ〜、そういうことだったのか」と分かるんだけど、読み直しても、面白いんですよ。終わり方もいいですよね。

下村:終わり方もずいぶん悩みました。余韻を残して物語を終わらせるというのが僕はヘタで……。悩んでいたら、編集長が「こんなアイデアはどう?」てアドバイスしてくださったことがヒントになって、いい終わり方に変えることができたんです。新井さんにそう言っていただけると、本当に自信になります。

新井:こういう小説が書けるのは、うらやましいです。「こんな傑作ができたら、明日死んでもいい」とか思わない?(笑)

下村:(笑)。死んでもいいやとは思わないですけど、正直、『黙過』を書いて燃え尽きた感はありますね。来年も仕事は詰まってるんですけど、それらの仕事を投げ出してもいいっていうくらいの燃え尽き感がありました。書き下ろしなので、やっぱり力の入れ方は違ってきますよね。

新井:そういう力強さは伝わってきますよね。

下村:僕の最高傑作なので、皆さんぜひ読んでみてください。

(構成・取材・撮影/角田奈穂子)