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「一生懸命」伝わる仕事人たち

福永信が薦める文庫この新刊!

  1. 『ピラミッド 最新科学で古代遺跡の謎を解く』 河江肖剰著 新潮文庫 680円
  2. 『脇役本 増補文庫版』 田研吾著 ちくま文庫 1296円
  3. 『彼女がエスパーだったころ』 宮内悠介著 講談社文庫 659円

(1)「謎を解く」系の文庫本は巷(ちまた)にあふれている。アヤシイ内容で読者を煽(あお)るが読んでみると実は意外なほど退屈だ。本書はそんな文庫の対極にある。先行研究の姿が愛情をもって丁寧に綴(つづ)られる。ピラミッドを徹底的に測量する者、古代の方法で石を加工する者、当時の生活の痕跡を探す者。誰もやってないなら自分がやる、そんな研究者の気概が、数百年の時代を超えて響きあう。著者もまた、その精神のリレーの先端に位置する考古学者だ。彼の紡ぐストレートな言葉から、多くの豊かな情報を読者は得ることができる。人間が作り、人間が発掘し、研究する。そして人間が読む。人類が進歩するのは、その繰り返しの中だけだと気づかされる。

(2)映画の本は数あれど、脇役俳優が書いた著書を紹介する本は初めて見た。これが面白い。釣具店と喫茶店を同時に営む者(山村聰)、政界のフィクサーから小津映画の常連に転身する者(菅原通済)、「盆栽が本業」と語る者(中村是好)など個性豊かな総勢70数名の「脇役本」がずらり。著者は孫、ひ孫世代。同時代を生きてないからこそ言葉への愛情が深く、感動的だ。句集を残した成田三樹夫のセリフ、「何でも一生懸命読まなきゃ駄目だ。詩でも小説でも作者は命懸けで書いているんだ。だから読む方だって命懸けで読まなきゃ失礼なんだ」「そうでなければ字面ばかり追うだけで本当の宝物は作者は見せてくれないんだよ」。著者の気持ちでもあるだろう。

(3)サル学、超能力、脳科学、終末医療、信仰などを真面目に「疑似科学」視点で描いた短編集。ミステリータッチを装いながら「人間」という迷宮に入り込む。本書の中心にある1編は傑作。「ありがとう」と、水に声をかけるとそれが伝わり、水が浄化される。その現象を利用して、海上型原発の事故に頭を悩ます日本を救おうとする科学者達の企(たくら)み。本書全編を通じて浮き彫りになるのは、集団と個の境界の限界、「伝わる」ことの怖さ。どれも荒唐無稽な設定だが、今の日本の未来なら、ありうる話。著者の予知能力かも。=朝日新聞2018年6月9日掲載