飼い主に代わり、犬がはるか讃岐(香川県)の金毘羅さんにお参りしてくる。かつて実在したとされる、こんな話をもとにした物語「こんぴら狗(いぬ)」(くもん出版)が今年度の日本児童文学者協会賞を受賞した。具体的な記録がほとんど残らない中、3年超の取材を重ねた作者の今井恭子さん(68)は「可能な限り調べて、徹底的にリアリズムにこだわった」と話す。
舞台は江戸時代。病を患った線香問屋の娘弥生(やよい)の治癒祈願のため、江戸から金毘羅まで約700キロの旅に出された犬ムツキの物語だ。様々な人との出会いや別れを通じ、ぬくもりある当時の情緒や暮らしぶりが鮮やかに描かれる。
きっかけは2013年の朝日新聞の記事だった。犬が道中の人の世話になりながら、参拝して飼い主のもとに戻る習わしがあったと知り「びっくりした」。大の犬好きで、大学院では動物行動学も学んだ。「犬の本能でも意思でもなく、ものすごい距離を帰ってくることがなぜ可能だったのか」。この習わしを出来るだけ完全な形にして残したいと、金刀比羅宮に残る資料、古い日記や地図、物語で設定した当日の瀬戸内海の潮の流れまで調べ、話を肉付けしていった。
本を書き終え、今井さんは当初は「不思議」だと感じた習わしを「可能だった」と思うようになった。「実際にこんなことがあったという驚き。みんなが犬を世話する、そんなおおらかな時代があったことを感じとってもらいたい」と話す。(中村靖三郎)=朝日新聞2018年5月26日掲載
編集部一押し!
- 新書速報 金融史の視点から社会構造も炙り出す「三井大坂両替店」 田中大喜の新書速報 田中大喜
-
- 朝宮運河のホラーワールド渉猟 彩坂美月さん「double~彼岸荘の殺人~」インタビュー 幽霊屋敷ホラーの新機軸に挑む 朝宮運河
-
- インタビュー 井上荒野さん「照子と瑠衣」インタビュー 世代を超えた痛快シスターフッドは、読む「生きる希望」 PR by 祥伝社
- インタビュー 「エドワード・サイード ある批評家の残響」中井亜佐子さんインタビュー 研究・批評通じパレスチナを発信した生涯 篠原諄也
- BLことはじめ BL担当書店員の気になる一冊【2024年1月〜3月の近刊&新刊より】 井上將利
- 杉江松恋「日出る処のニューヒット」 加速する冤罪ミステリー「兎は薄氷に駆ける」 親子二代にわたる悲劇、貴志祐介の読ませる技巧に驚く(第12回) 杉江松恋
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社