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スラヴォイ・ジジェク「事件!―哲学とは何か」書評 恋も革命も気づく前に起きる

評者: 杉田敦 / 朝⽇新聞掲載:2015年11月22日
事件! 哲学とは何か (河出ブックス) 著者:スラヴォイ・ジジェク 出版社:河出書房新社 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784309624877
発売⽇: 2015/10/14
サイズ: 19cm/217p

事件!―哲学とは何か [著]スラヴォイ・ジジェク

 「すべての安定した図式を覆すような新しい何かが突然に出現すること」、それがここでいう「事件」である。事件によって「われわれが世界を知覚し、世界に関わるときの枠組みそのものが変わる」。事件をキーワードに、ジジェクは哲学や精神分析学のエッセンスを平易に説く。
 哲学史においてプラトン、デカルト、ヘーゲルの登場はそれぞれ事件であったが、これら3人はまた、事件の哲学者でもあった。そしてベルクソンは、〈新しいもの〉が出現するとき、〈新しいもの〉はそれ自身の「原因/諸条件を遡及(そきゅう)的に創造する」ことを明らかにした。つまり、結果に合わせる形で、跡付け的に原因は特定されるのである。
 ジジェクによれば、同じことは恋愛についてもいえる。恋愛は当事者にとって事件である。そして、「恋に落ちることは偶然的な遭遇だが、ひとたびそれが起こってしまうと、それが必然だったように思われてくる」。恋という現在の出来事が、過去を変える。逆に恋が破綻(はたん)した時には、それまでの関係のすべてがいつわりとなる。政治的事件も同じで、革命はつねに「時期尚早」であり、起きた後になって初めて、それが発生する条件があったことになる。
 言い換えれば、私たちが気づく前に事件は起きている。「彼女はすでに彼を愛している。まだ自分では気づいていないが」。テヘランの交差点で、示威行為を制止する警官を男が無視した瞬間、イラン革命は発生していた。そこでゲームは根本から変わっていたのだから。
 最後にジジェクは、苦難に遭っても誰も助けてくれないような、現代における「快楽主義的利己主義」の蔓延(まんえん)と公的空間の喪失が、「近代化という解放的〈事件〉」の終わりを示しているとする。「ずっと事件前夜のような状況」の中、グローバル資本主義を相対化する事件の姿は、一向に見えてはこないようだ。
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 鈴木晶訳、河出ブックス・1620円/Slavoj Zizek 49年生まれ。哲学者。『イデオロギーの崇高な対象』など。