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アブドゥラマン・アリ・ワベリ「涙の通り路」書評 兄を狙う弟、近代化の傷を問う

評者: 中村和恵 / 朝⽇新聞掲載:2015年11月22日
涙の通り路 (フィクションの楽しみ) 著者:アブドゥラマン・アリ・ワベリ 出版社:水声社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784801001060
発売⽇:
サイズ: 20cm/240p

涙の通り路 [著]アブドゥラマン・アリ・ワベリ

 かつてのフランス領ソマリランド、現ジブチ共和国の独立年に生まれた双子の兄弟。十数年間国外で暮らし多国籍企業に雇われた兄は、ウラン鉱脈の存在をにらんだ現状視察のため、故郷に戻る。過激派に身を投じ、刑務所で師の言葉を書き取って過ごす弟は密(ひそ)かに情報を集め、家族を捨てた兄への報復をたくらむ。
 どちらも権力/暴力に操られる存在。だから対立構造は図式的な印象だ。しかしこの作品にはもうひとつの軸がある。正反対の2人をつなぐ西洋の文学や哲学、とくにヴァルター・ベンヤミンのテキストだ。兄は恋人を、弟は上書きされた羊皮紙を通じて、ベンヤミンと対話を続ける。
 画家クレーにふれたベンヤミンの文章にある進歩という語を、兄はアフリカ側から読み直す。近代化という傷を非西洋世界は修繕できるのか。
 ワベリは双子と同じ国に生まれ、フランスで学んで作家になった。現代社会は植民地支配の余波を生きているのだと、改めて思う。
    ◇
 林俊訳、水声社・2700円