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「ナチズムに囚われた子どもたち」書評 命は抹殺され、濫造されていた

評者: 寺尾紗穂 / 朝⽇新聞掲載:2018年06月02日
ナチズムに囚われた子どもたち 人種主義が踏みにじった欧州と家族 上 著者:リン・H.ニコラス 出版社:白水社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784560096185
発売⽇: 2018/03/17
サイズ: 20cm/384,27p

ナチズムに囚われた子どもたち 人種主義が踏みにじった欧州と家族(上・下) [著]リン・H・ニコラス

 ナチスがユダヤ人を大量に虐殺したことは誰もが知っている。だがそれ以外に何をしたのか?と問われると答えられる人は減るだろう。ナチスが他国を巻き込んで引き起こした混乱と破壊の全貌(ぜんぼう)の中から、本書は特に子供たちに焦点をあてている。
 ドイツの子供はナチスの教育をよく吸収した。その純粋さは、時に親への不信に変わった。ユダヤ人を逃亡させた両親をみた11歳の少年は「両親の息子でありたくない」と書き残している。周辺諸国では、ユダヤ人の子供の亡命援助の動きが起きたが、これによって母子が離され、再会できるケースは少なかった。
 障がい児はドイツ人であっても安楽死の対象となり、国内各地の施設で薬物投与や餓死によって大量殺人が行われたという。
 一方で、ドイツ兵は「北方の血」を持つノルウェー人女性との子作りを奨励され、ノルウェーには「生命の泉」という出産ホームが作られた。結果、定員超過、非衛生的な環境で6千人以上が生まれ、その三分の二が私生児だったという。命は抹殺され、濫造(らんぞう)されていた。
 色々な意味で読みやすい本ではないが、引き裂かれた家族の姿を描いた本作は、「ガス室」から遠く離れた場所でも、数え切れない人々の生活と命の尊厳が破壊されていたことを明らかにした重要な仕事である。日本でも強制不妊手術について報じられ、ヒトラーを魅了した優生学の亡霊が、戦後も生き続けていたことに慄然(りつぜん)としたが、現在の日本で、検査で異常が確定した妊婦の9割以上が中絶を選ぶという出生前診断が、そうした優生学と全く無縁でないことも改めて考えさせられる。ナチスが後年参考にした、ある優生学調査がある。それによって1931年、断種による人類改良条例が米国・ヴァーモント州議会で通ったが、その時強調されたのは「子供の福祉」、生まれた子が不憫(ふびん)という主張だった。
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 Lynn H. Nicholas 米国の歴史家。ナチスの美術品略奪を扱った『ヨーロッパの略奪』で全米批評家協会賞。