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吉田篤弘「電氣ホテル」書評 世界の深淵に触れる予言の書

評者: 三浦しをん / 朝⽇新聞掲載:2014年11月23日
電氣ホテル 著者:吉田 篤弘 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784163901305
発売⽇: 2014/09/25
サイズ: 20cm/236p

電氣ホテル [著]吉田篤弘

 これほどあらすじの説明が困難な小説はない。巻末の「登場人物名鑑」には、70人が載っている。本文は226ページほどなので、平均すると約3ページに1回、新たな人物(駱駝〈らくだ〉や猿も含む)が物語に登場する計算だ。
 どんだけめまぐるしい話なんだ、と思われるかもしれないが、そうではない。多数の登場人物が入り乱れつつも、非常に緊密な構造を持った小説で、ユーモアあふれる語り口に爆笑するうち、不思議な世界に自然と入っていける。
 我々の頭上には、「電氣ホテル」が浮遊しているのだそうだ。地上の電力を拝借しながら移動する電氣ホテルは、どんどん巨大化し、ついには都市に大規模停電を引き起こしはじめた。暗闇のなかで、現実と虚構の境目は次第に曖昧(あいまい)になっていく。
 詩的な文体、あふれだすイメージ。これは予言の書だ。電気を盗んで肥大する建造物、町を埋めつくす6万羽の白い兎(うさぎ)。本書が連載されたのは東日本大震災より何年もまえだが、作家の想像力が、なんらかの深淵(しんえん)に触れる瞬間が刻みつけられている。
 むろん、本書は決して世相を批評する小説ではない。楽しく読める内容でありながら、小説技法の粋を極めているという、すごい境地に到達した傑作だ。同時に、どこかさびしさが漂ってもいる。
 登場人物は暗い町を逍遥(しょうよう)し、世界の、ひとの心の、謎に迫ろうとする。けれど、肝心なところで互いに触れあえず、伝えあえない。唯一の希望は、物語を生みだし、味わい、物語に呑(の)みこまれていく恍惚(こうこつ)を共有することのみ。本書において、私が最も予言的だと感じるのは、その「さびしさ」、物語が世界に及ぼす影響力に関する部分だ。
 造本も含め、隅々まで神経が行き届いた、めくるめく夜の物語。笑いの向こうで息をひそめる研ぎ澄まされた静けさに、ぜひ耳を傾けてみていただきたい。
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 文芸春秋・1890円/よしだ・あつひろ 62年生まれ。作家、装丁家。『つむじ風食堂の夜』『空ばかり見ていた』など。