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「近代科学の形成と音楽」書評 新発見を導く感覚と論理の触媒

評者: 五十嵐太郎 / 朝⽇新聞掲載:2017年02月05日
近代科学の形成と音楽 著者:ピーター・ペジック 出版社:NTT出版 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784757160651
発売⽇: 2016/12/09
サイズ: 22cm/478p

近代科学の形成と音楽 [著]ピーター・ペジック

 科学と音楽?と訝(いぶか)しがる人がいるかもしれない。音楽は理屈ではなく、感性で聴くものと思われがちだ。が、本書が西欧の古代や中世にさかのぼって論じる音楽は、数学、幾何学、自然科学と密接に関わる。
 例えば、弦を2分の1の長さにして弾くと、1オクターブ高い音になる。このように数の比例が和音を構成する音を導く。また惑星は音を奏でると考えられており、天体の運動も音の調和と結びつけられていた。実際、かつて理科系の基本学問は、算術、幾何学、音楽、天文学だった。以上は音楽史でも知られているが、本書はさらに踏み込んで、ケプラー、デカルト、ヘルムホルツなど、様々な科学者の業績と音楽の関係を具体的に描くことに挑む。
 各学者はどのような音楽への知識や関心、あるいは音楽家との交流をもち、いかに新しい発見の着想源にしえたかを、科学史家・音楽家である著者が考察する箇所が、とくにスリリングだ。例えば、1曲の中で基本音階が変わる作曲法の登場と、天動説が揺らぐ宇宙観の変化。半音階や四分音など微細な音程の活用と無理数の概念。ニュートンが音階の分割をもとに色のスペクトルを考えようとしたこと。快適さを分析すべく、対数を使って音楽的比を処理したオイラー。18世紀からは音そのものの性質が研究対象となった。板に砂をまくと音波の振動から図形パターンが生まれ、それを電磁気の実験と重ねたファラデー。音響学に触発されて、架空の共鳴器を思考実験のモデルに使い、熱力学を考察したプランク。
 ときには音楽との類推が足かせになったことも指摘されている。本書は必ずしも直接的に音楽が科学に影響を与えたと、すべて証明しているわけではないが、両者をつなぐ創造的な視点が十分に刺激的だ。音楽こそが感覚と論理を媒介する。なお、本書に示されたホームページから、掲載された譜例の音を聴くことができるのもありがたい。
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 Peter Pesic 科学史家、ピアニスト。米セント・ジョンズ・カレッジ科学研究所長。『青の物理学』『ラビリンス』。