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「連邦区マドリード」書評 虚実ないまぜの語りに導かれ…

評者: 佐々木敦 / 朝⽇新聞掲載:2014年07月06日
連邦区マドリード (フィクションの楽しみ) 著者:J.J.アルマス・マルセロ 出版社:水声社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784801000384
発売⽇:
サイズ: 20cm/340p

連邦区マドリード [著]J.J.アルマス・マルセロ [訳]大西亮

 フアン・ヘスス・アルマス・マルセロはアフリカ大陸の北西に位置するスペイン領グランカナリア島出身で、現在はマドリード在住。本書が初の長編小説の翻訳である。
 「私」は冒頭から畳み掛けるように謎めいた述懐を始める。幾つもの固有名詞が矢継ぎ早に登場し、これから物語られることになる一連の、或(ある)いはバラバラの事件が列挙される。読者はそのあまりの性急さに戸惑いを覚えながらも、あっという間に小説の内に取り込まれていく。「私」の友人レオ・ミストラルは、肖像画家でもあるウンブロサ伯爵の妻エバ・ヒロンと懇ろになり、どうやら伯爵の事故死に関与しているらしい。彼はまた自ら監督する予定の映画『カバーリョ・リー・フォックス』の主演を依頼するべくティフアナに隠遁(いんとん)中の名優スティーブ・マックイーンを、小説『極地の空』の映画化権を求めてタンジールに作家ポール・ボウルズを訪ねる。ミストラルは「私」に顛末(てんまつ)を話して聞かせるが、あらゆる出来事の背後にはローレンス大佐ことパトリシオ・クラウンという石油ブローカーが居て、ミストラルのみならず全ての登場人物を操っているのだという。「私」は真偽を確かめようと、独自の調査を開始するのだが……。
 「私」は、ミストラルが「反駁(はんばく)の余地のない真実と見紛(みまが)うばかりの作り話をでっちあげるという驚くべき才能」を持っていると繰り返し述べる。つまり彼の話をそのまま信用することは出来ない。存在さえあやふやな(「私」は会ったことがない)ローレンス大佐の陰謀という要素もある。そしてそもそも、ジャクソン・ポロックの摸倣(もほう)画家である「私」という語り手を、われわれは信用していいのだろうか?
 嘘(うそ)と騙(だま)しと謀り事が全編に張りめぐらされ、何もかもが混沌(こんとん)としたまま、印象的なエンディングへと向かっていく。謎また謎の、怪しくも魅力的な物語である。
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 水声社・3780円/J.J.Armas Marcelo 46年生まれ。スペインの作家、批評家。『神々自身』など。