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レイナルド・アレナス「襲撃」書評 野生の詩人が現実を爆破する

評者: 星野智幸 / 朝⽇新聞掲載:2017年02月26日
襲撃 (フィクションのエル・ドラード) 著者:レイナルド・アレナス 出版社:水声社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784891769604
発売⽇:
サイズ: 20cm/190p

襲撃 [著]レイナルド・アレナス

 驚異の亡命作家、キューバのアレナスが残した傑作の一つである。
 「超厳帥」なる独裁者が治めるその国では、住民は家族を解体され、「複合家庭」なる大収容所で眠る。朝になると列を作り、それをバスと見立てて走り、出勤する。記憶すること、囁(ささや)くこと、髪を伸ばすこと、病気になること、「私寒い」など私を主語に話すこと等々は禁止され、違反すると処刑される。「全体殲滅(せんめつ)」を宣告されると、その人物は存在しなかったことにされる。歴史に痕跡の残らないよう、その人物の親族はおろか、友人知人、単なる顔見知り、名前を知っている人、つまり刑務所の職員らもすべて死刑だ。このため、人々は誰とも関わらなくなり、誰も覚えない。口にしてよい言葉は、当局の定めた、超厳帥をひたすら讃(たた)える公認対話のみ。あとは許可を得て「愛国的生殖行為」をするだけだ。そのような生を、超厳帥は「楽観主義」と呼ぶ。
 そんな中で、ミソジニー(女性嫌悪)と暴力衝動に取り憑(つ)かれている語り手は、囁き取締員になると、激しく憎悪している母親を抹殺すべく、地方を巡って摘発を続ける。やがて、他人の下半身に目をやった者は反逆者という罪状を作り出し、虐殺を繰り返し、愛国大英雄の称号を送られる。
 アレナスが驚異なのは、徹底した呪詛(じゅそ)と罵(ののし)りに満ちた語りで、このグロテスクな悪夢的世界の耐えがたさを極限まで膨れあがらせるだけでなく、稚気に満ちた表現や設定で、底なしの笑いをももたらすところだ。刑務所の入所者らは、おかしな行動を取ってもすぐわかるよう、夜光性ワックスで丸刈りの頭を磨く義務があり、夜は一面光った頭が蠢(うごめ)いていたりする。
 このディストピアの価値体系は、アレナスが発明した造語群に象徴されている。それらの訳語については、評価が分かれるかも。
 野生の詩人が描く悪夢は、現実と酷似しながら、現実を爆破してくれる。
    ◇
 Reinaldo Arenas 43年キューバ生まれ。革命政府の過酷な弾圧を受け、80年に米国に亡命。90年に自殺。