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日本語でのリズム作りを突き詰めるために Mummy-D(RHYMESTER)

文:宮崎敬太、写真:有村蓮

 ミュージシャンはどんな本を読むのか? 素朴な疑問からこの企画はスタートした。1回目のゲストは、RHYMESTERのMummy-D。RHYMESTERは、日本人がヒップホップの“いろは”すら知らなかった1989年に結成された。ラップの命はリズム。韻を踏むのは言葉にリズムを吹き込む技のひとつにすぎない。文法やリズム感が英語とはまったく異なる日本語で、いかに気持ちいいリズムを作るか。その技術を常に発展させるため、Mummy-Dは日本語と約30年も格闘し続けている。そんな彼が最初に紹介してくれたのは『日本語の歴史』という新書だった。

 「俺たちは日本語を崩して英語っぽく発音するのではなく、ちゃんと日本語として響かせつつリズムを作るタイプのラッパーなんだ。若い頃は自分たちが普段使ってる言葉をそのままラップに落とし込むべきだと思ってた。けど、キャリアを重ねると歌詞のトピックも変わる。それにヒップホップは常にフレッシュでなくてならない。俺たちは日本語でリズムを作ることを突き詰めようと思ったんだ。

 そんな時に手に取ったのが、この『日本語の歴史』。文法や構造を勉強しようと思って、学術書を読んでみたけど全然わからない(笑)。だけどこの本は本当にわかりやすく書いてあった。

 例えば日本語には、二音節目でイントネーションの上がる単語が多い。『いす』『つくえ』とか。RHYMESTERには、『Future Is Born』みたいに、ビートの1拍目より少し手前からラップし始める曲が多い。これは俺たちが、日本語でリズムを作るために、ビートの強拍とイントネーションが上がる位置を無意識で合わせていたからなんだ。この本を読んで、自分でもなるほどと思ったよ。

 最近は大学の講義で自分たちのラップを解説する場面もあるから、そういう意味でもこの本は本当に役に立った」

遅咲きの読書家が薦める異色の日本史本

 日本語のスペシャリストを思わせるMummy-Dだが、意外にも若い頃はほとんど読書をしなかったという。曰く「当時、俺の部屋に全然本がなくて宇多丸に呆れられた」とのこと。そんな彼が読書にハマったのは「信長の野望」というゲームがきっかけだった。日本史の関連書籍を読み漁り、「俺の解説付きで観るNHKの大河ドラマは3倍面白い」と豪語するほどのマニアとなった。

 「次は『応仁の乱』というベストセラー本で有名な日本史研究者の呉座勇一さんの『陰謀の日本中世史』。鎌倉時代の日本では暗殺が横行していた、とか日本史の裏側を紹介している。

 この本の一番面白いところは、日本史の荒唐無稽な陰謀論を綿密な研究から得た知識で喝破していく部分なんだ。例えば、本能寺の変を起こした明智光秀には黒幕がいた!?とかね。遠い過去に起きた事件を、現代の俯瞰した知識を持って逆引きしていくと、最終的に一番得をした人が怪しく見える。陰謀論の多くはそんな構造で作られているんだ。

 でも歴史はそんなに単純ではない。いつも同時多発的な不確定要素が複雑に絡み合っている。いま俺たちが生きている現実社会にもいろんな陰謀論があるよね? 著者の呉座さんは、そうした陰謀論のようなわかりやすくて安易な言説を、無条件に信じてしまうことに警鐘を鳴らしているんだ。俺たちも『The Choice Is Yours』という曲で同じようなことを歌っていたから、すごくシンパシーを感じた」

冷やし中華にマヨネーズ? カラスの肉はどんな味?

 ひときわ年季の入った2冊の文庫本は「食」に関するもの。野瀬泰申『天ぷらにソースをかけますか? ニッポン食文化の境界線』と小泉武夫『不味い!』だ。どちらも書店でたまたま手に取ったという。

 「この2冊は食の雑学本で、本当にオススメ。誰が読んでも面白いと思うし、俺自身何度も読んだからもうボロボロ。『天ぷら〜』は日本国内の食文化の違いについて書かかれた本。俺自身、ツアーで日本全国に行くから、食の微妙な違いに素朴な興味があったんだよ。タイトルの件もそうだし、冷やし中華にマヨネーズをかけるか、とかさ(笑)。忘れた頃に読み返すとまた面白い。

 『不味い!』もタイトル通りの内容。農学博士の著者がまずいものを実際に食べて、大真面目に分析している。この本によるとカラスはものすごくまずいらしい。肉の臭みが強いからまずひき肉にして、ネギやにんにくと絡めて食べる。それでも『口に入れると線香の匂いが広がる』って(笑)。この人は筆致が軽快だから、まずい食べものの話なのにぐんぐん読めたよ」

 最後にMummy-Dにとって読書とはどういうものかを聞いてみた。

 「俺にとって読書は息抜き。どちらかというと『日本語の歴史』みたいな本は例外。小説もほとんど読まない。言葉で表現する、という意味ではラップと近いから。本を読んでる時は没頭して仕事を忘れたい。ひとつのサブジェクトを知りたければインターネットでも事足りるけど、情報の密度では本にかなわないからね。夜に本を読むことが多いんだけど、そのまま寝落ちする瞬間が、俺にとって至福の時なんだ(笑)」