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「七帝柔道記」書評 悶絶・失神 寝技に捧げた青春

評者: 角幡唯介 / 朝⽇新聞掲載:2013年04月07日
七帝柔道記 著者:増田 俊也 出版社:KADOKAWA ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784041103425
発売⽇:
サイズ: 19cm/580p

七帝柔道記 [著]増田俊也

 圧倒的な筆致の力作ノンフィクション『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』の著者増田俊也が、北大柔道部時代を振り返った自伝的小説である。『木村政彦』でも書きこまれていたが、戦前の柔道界には現在主流をなしている講道館柔道の他に、旧制高校や専門学校が中心となった寝技重視の高専柔道というのがあった。体力的に劣る学生たちがエリート柔道家に勝つために編み出したより実戦的な技術体系で、ルールも異なったという。この知られざる高専柔道、実は現在も連綿と受け継がれている。それが著者が所属した北大や東大、京大など旧七帝大の柔道部だ。
 あまり馴染(なじ)みのない七帝柔道の内幕だけでもなかなか興味深いが、驚くべきはその練習の過酷さだ。旧七帝大だけが参加する、新聞のベタ記事にしか載らないような大会で勝つためだけに、部員たちは生活のすべてを寝技の習得に捧げる。その様子は地獄そのもの。先輩部員にごりごりと絞め技を極められ、死んだ方がマシだと悶絶(もんぜつ)し、意識を失い失禁する。まさに行間から涙と汗と血と小便が滴り落ちる一大スポ根絵巻である。
 この読んでいて苦しいほどの物語を支えるのは著者の柔道に対する熱い情熱だ。それは無償であるだけに愛とさえ呼びたくなる。こうした本を読み、一人の人間の持つ熱量にどっぷり肩まで浸(つ)かるのも悪くない。柔道に興味があるとか無いとかは無関係。山手線の中で私は気がつくと歯を食いしばっていた。目も血走っていたことだろう。
 これほど過酷な学生生活の末に見た風景はどんなものだったのだろう。読みながら私は己の過去をつい振り返っていた。自分はこのような濃密な青春を過ごすことができていただろうか。本当にやり尽くしたといえるのだろうか。
 人生にはたった一つだけ信じることのできるものがある。それを見つける若者の物語なのかもしれない。
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 角川書店・1890円/ますだ・としなり 65年生まれ。小説家。著書に『シャトゥーン ヒグマの森』など。