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「芸術家の家 作品の生まれる場所」書評 謎と秘密をバラしてほしい

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2012年02月26日
芸術家の家 作品の生まれる場所 著者:ジェラール=ジョルジュ・ルメール 出版社:西村書店 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784890136698
発売⽇:
サイズ: 29cm/191p

芸術家の家 作品の生まれる場所 [文]G・ルメール [写真]J・アミエル

 芸術家の家はいたるところで自らの謎と秘密を自然にバラしているのである。本書には14人の芸術家の家の写真が紹介されている。このうちモネ、キリコ、モローの家を訪ねたことがあるが、僕が最も興味あるのはマグリット邸だ。彼の主題の多くは室内だからだ。だが写真からは絵の秘密が明かされない。もし写真家が彼の絵を深く理解していれば、その秘密を白日の下に晒(さら)してくれたことだろう。残念ながら「作品の生まれる場所」への視線の肉薄がやや欠如していたのでは。
 モネはジヴェルニーに夢の王国を構えた。念入りに造園された広大な日本式庭園には室内に飾られた膨大な浮世絵の蒐集(しゅうしゅう)との関連を想像させられるが、肝心の絵の主題になっている睡蓮(すいれん)の池や花樹園があまり写真には反映されていないのがなんとも寂しい。
 ローマのスペイン広場に面したキリコの家の室内には、国に寄贈を希望して断られた傑作群がルキノ・ビスコンティの映画を彷彿(ほうふつ)させるような家具や調度品の中で見事に配置されている。しかし彼の新形而上(けいじじょう)絵画シリーズにしばしば登場する波形の床板や、2階のバルコニーの鉄柵が彼の有名なS字形のオブジェになっているにもかかわらず、写真家はキリコの秘密兵器を見落としている。
 僕が彼のアトリエで最も強い霊感(インスピレーション)を受けたのは、イーゼルの裏に貼られた画家の美神(ミューズ)に語りかける呪術的な言葉であるが、ぜひ発見してもらいたかった。また彼の描きかけの遺作も写真に収めてもらいたかった。注文の多い日本の画家にうんざりされたかな?
 パリの名所の一つになっているモロー美術館は、もともと彼の住居だった。館内には所狭しと彼の「芸術の体系」が観(み)る者を神秘と魔術の古典的絵画の世界に誘導してくれる。そしてここを訪れる者を眩暈(げんうん)の境域に陶酔させるとばくちになっているのは写真の通りである。
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 矢野陽子訳、西村書店・3780円/G−G Lemaire 仏の美術評論家▽J−C Amiel 仏の写真家。