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「コラテラル・ダメージ」書評 恐怖で維持される権力基盤

評者: 朝日新聞読書面 / 朝⽇新聞掲載:2012年02月19日
コラテラル・ダメージ グローバル時代の巻き添え被害 著者:ジグムント・バウマン 出版社:青土社 ジャンル:社会・時事・政治・行政

ISBN: 9784791766376
発売⽇:
サイズ: 20cm/296,4p

コラテラル・ダメージ グローバル時代の巻き添え被害 [著]ジグムント・バウマン

 「コラテラル・ダメージ」とは、もともとは軍事用語だ。特定の軍事行動がもたらす、予期せぬ巻き添え被害を意味する。社会学的には、たとえば「アンダークラス(最底辺層)」の人々が社会から疎外されていく過程を「グローバル化に伴うコラテラル・ダメージ」などと呼ぶ。
 著者バウマンは、「リキッド・モダニティ」(液体的近代)などのキーワードで一躍名をなした社会学者。80代半ばを迎えた今もその執筆意欲は衰えを知らず、著書の多くが邦訳されている。バウマンは近代を「ソリッド・モダニティ」と「リキッド・モダニティ」の二段階に分ける。前者の代表としてあげられるのは共産主義だ。これに対して後者は、ネットワーク化や流動化が進んだ、いわゆるポストモダン状況に相当する。
 社会の流動化はさまざまな逆説的事態をもたらす。権力と政治が分離し、権力闘争は「構造化」をめぐる争いになる。過剰な「安全」の追求は、恐怖心や猜疑心(さいぎしん)を通じて倫理的意志をむしばむ。いま被災地の瓦礫(がれき)を巡って起きている対立などは、流動化がもたらした安全と倫理の対立の好例である。
 こうした状況下で国家権力は、人間の脆弱(ぜいじゃく)性や不確実性からの保護機能に、その正当性を置こうとする。この関係はやがて逆転する。政府は自ら脆弱性や不確実性を作り出し、それに対する恐怖のもとで権力基盤を維持しようとするだろう。
 個人的に興味深かったのは第9章「悪の自然誌」。「正常」な人間が残虐な暴力を振るうに至る三つのコースが示される。心理的傾向、条件付け、そして残虐行為そのものの再生産。技術と悪が結びつく最後のコースにおいて、コラテラル・ダメージは最大化するだろう。「想像力」の欠如を著者は指摘するが、ここではむしろ他の章で触れられている「顔」の欠如こそが問題ではないだろうか。
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伊藤茂訳、青土社・2520円/Zygmunt Bauman 25年ポーランド生まれ。社会学者。『幸福論』『新しい貧困』