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「新宿、わたしの解放区」書評 酒場と映画と、女傑の一代記

評者: 出久根達郎 / 朝⽇新聞掲載:2012年11月04日
新宿、わたしの解放区 増補版 著者:佐々木 美智子 出版社:寿郎社 ジャンル:エッセイ・自伝・ノンフィクション

ISBN: 9784909281012
発売⽇: 2017/09/28
サイズ: 20cm/287p

新宿、わたしの解放区 [著]佐々木美智子 [聞き書き]岩本茂之

 「女傑」一代記である。
 そう言い切ったら、単純すぎる。一人の女の生き方を通して見た戦後史。おおげさすぎるか。一九六、七〇年代の盛り場文化史。いや、文化人酔態録か。まてよ、政治もからむから激動の時代史か。
 庶民生活史。学生運動史。映画裏面史。酒場経営史……。
 何も定義する必要はあるまい。以上のすべてが納まっていると言えば、間違いない。
 北海道根室の裕福な家庭に生まれ、結婚し離婚する。昭和三十一年、二十二歳で上京、新宿でおでんの屋台をひく。
 日活に就職、映画編集をする。裕次郎の全盛期である。写真を学び、日大闘争の始終を撮る。「カメラはわたしのゲバ棒みたいなもの」。記録写真で飯は食えない。新宿のゴールデン街にバーを開く。
 三坪の店だが、ここを解放区と称した。全共闘の学生や役者が集まった。サバ缶に缶切りを添えてもてなす。おミッちゃん、と呼ばれた。酔客同士の喧嘩(けんか)は日常茶飯だった。
 一方で、黒木和雄監督の「竜馬暗殺」製作に参加、スチールを撮る。原田芳雄、石橋蓮司、松田優作らと意気投合する。ブラジルに渡って水商売する。繁盛をねたんだマフィアに襲われ、店の入り口に冷蔵庫でバリケードを築き(わたし学生運動で慣れてたでしょ)、派手な銃撃戦をする。
 勇ましいだけがおミッちゃんの身上ではない。日本の本に飢えている日系人のために私設図書館を造ってしまう。趣旨に賛同した沢木耕太郎氏が、二万冊の蔵書を寄贈してくれた。ミモザ館と名づけた。
 本書はかくの如(ごと)く破天荒な女性の半生記である。いっそ痛快なのは、人に媚(こ)びない生き方だからである。岩本氏の聞き書きも秀逸で、どうでもいい挿話をそつなく拾いあげ、臨場感を演出した。七十八歳にして尚(なお)、老人が気軽に飲める「解放区」を開きたいと抱負を語る。「本棚を店のうしろに置いたりしてね」。この一言が彼女の真骨頂である。
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 寿郎社・2625円/ささき・みちこ 34年生まれ。写真集『日大全共闘』。岩本茂之は北海道新聞文化部の記者。