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「資生堂という文化装置」書評 衣も食も、資料でたどる女性文化

評者: 田中貴子 / 朝⽇新聞掲載:2011年06月05日
資生堂という文化装置 1872−1945 著者:和田 博文 出版社:岩波書店 ジャンル:経営・ビジネス

ISBN: 9784000234887
発売⽇:
サイズ: 22cm/443,49p

資生堂という文化装置 1872—1945 [著]和田博文

今ほどファッション雑誌がなかった10代の頃、資生堂のPR誌「花椿」は私にとって憧れに満ちた存在だった。斬新な写真やテクストによって語られる最新の流行は、まだ口紅も知らぬ中高生にとって、まさに異国の「文化」と思われた。「花椿」は、どの地方でも資生堂チェインストアに行けば入手できたので、ある時期の資生堂が全国規模で「文化」を発信していたのは間違いないだろう。
 資生堂が、ファッションや化粧だけでなく商業デザインや食文化にまで大きな影響を及ぼしていた歴史についてはすでに言及がなされている。特に、1920年代の都市的モダン文化生成の一翼を担ったことはよく知られる。モガやモボの闊歩(かっぽ)する銀座の風景は、資生堂が作り上げたといっても過言ではない。
 資生堂を「文化を創る装置」として時代の文脈に置いてみる試みは新しいものではないが、本書が他を凌(しの)いでいるのは、明治初期から敗戦に至る間の資料を事細かに集めた点にある。資料収集力は、文化研究の最大の武器だからだ。中でも写真やイラスト等の図版資料はほぼ1ページに1点掲載されており、これだけを眺めていても十分楽しい。
 たとえば、当時はやりのファッションに身を包んだ女性たちや、断髪の種類一覧、それに風刺画までが、ていねいな説明とともに贅沢(ぜいたく)に載せられている。また、「女流作家」たちの愛用する化粧品、といった小ネタも豊富だ(宇野千代の化粧法までわかる!)。
 おしゃれもグルメも禁じられた日中戦争時下の資生堂を語る最終章は、文化というものが戦争によっていかに歪(ゆが)められ、利用されたかという経緯に心が痛む思いがする。文化を創り出す「装置」としての資生堂の役割は、ここでいったん終わりを告げるのだ。
 資生堂とともにあった女性文化の歩みを知ることのできる力作としてお薦めしたい。
 評・田中貴子(甲南大学教授・日本文学)
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 岩波書店・5460円/わだ・ひろふみ 54年生まれ。東洋大学教授。『飛行の夢 1783—1945』