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「星と輝き花と咲き」書評 頂点極めた大スターの運命と選択

評者: 酒井順子 / 朝⽇新聞掲載:2010年08月08日
星と輝き花と咲き 著者:松井 今朝子 出版社:講談社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784062163552
発売⽇:
サイズ: 20cm/261p

星と輝き花と咲き [著]松井今朝子

 AKB48のメンバーたちは、恋愛禁止なのだそうです。アイドルでもフランクに恋愛する人が多い時代に、そのルールは、目立ちます。
 AKB48のみならず、聖子ちゃんにしても百恵ちゃんにしても、女性アイドルと恋愛や結婚という問題は、常にファンの心を摑(つか)むものです。処女性こそがアイドルの最大の魅力だとしたら、恋はアイドルにとって最大のタブー。しかしアイドルは、一人の若い娘さんなのであり、恋をしないはずがないのですから。
 女義太夫、略して「女義」というジャンルが、その昔はとても熱かったのだという話は、聞いたことがあるのです。明治の頃は、義太夫を語る若い女の子たちが、今で言うならアイドルのような人気者だった、と。
 伝統芸能の世界に精通する著者の書き下ろした本書の主人公は、女義界に実在した大スター、竹本綾之助。義太夫の盛んな大阪に生まれ、近所のおじいさんの家で自然と義太夫を覚えた彼女は、天才的な才能を持っていました。ひょんなことから東京に行くと、あれよあれよという間に、大スターに。
 感極まって「どうする、どうする」と掛け声をかけることから「ドウスル連」と言われた熱狂的なファンたちと、ハードスケジュールとに追われて恋愛どころではない綾之助でしたが、そんな彼女にも、運命の出会いが待っていました。目の前にあるのは、大好きな義太夫、そして大好きな人との結婚。さあ綾之助、「どうする、どうする?」……。
 綾之助は、立派に選んでみせました。その選択は、アイドルとして頂点を見たからこそ、下すことができたのではないかと思われる。
 つまりこれは、運命と選択の物語なのでした。「あれも、これも」という人ばかりの今であるからこそ、「あれか、これか」という生き方をする女性の潔さが今は新鮮なのであり、その新鮮さを出すためにAKB48も恋愛禁止にしているのかもね、と本書を読みながら私は思っていたのでした。
 評・酒井順子(エッセイスト)
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 講談社・1575円/まつい・けさこ 53年生まれ。作家。『吉原手引草』『円朝の女』など。