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「千野香織著作集」書評 研究者の人生、詰まった1冊

評者: 田中貴子 / 朝⽇新聞掲載:2010年09月05日
千野香織著作集 著者:千野 香織 出版社:ブリュッケ ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784434145834
発売⽇:
サイズ: 22cm/1117p

千野香織著作集 [著]千野香織 

 美術史の枠を超え、ジェンダー論や近代における「美術」の問題を提起し続けた千野香織氏。氏の没後8年半を経て、ようやく著作集が刊行されたことを喜びたい。
 収載されているのは、論文やアンケート回答など長短取り混ぜた66編。時代順に並べられたそれらを読み進めると、千野氏の思考の軌跡が如実にたどれる構成となっている。千野氏といえば美術におけるジェンダー論で広く知られるが、一見地味な絵巻物研究にも問題意識の萌芽(ほうが)が見られることに驚かされる。
 しかし、千野氏にはジェンダー論だけではない魅力があることも忘れてはならないだろう。一般読書人には手に取りにくいと思われる本書を私が推すのは、ここに一人の研究者の人生が詰まっているからである。千野氏は読者に「あなた」と呼びかける。「あなた」自身の問題として考えてほしい、という思いからだろう。「あなた」へ問いとして投げかけられるものを、「あなた」はいかに受け止めることができるだろうか。
 人を偲(しの)ぶだけではなく、もっと深く考えることこそが、追悼という行為なのである。
 田中貴子(甲南大学教授)
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 ブリュッケ・1万2600円